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夢を叶えるアイドルNegiccoメンバー 新潟生まれのねぎっこヒストリー

記事作成日:2015年05月07日 最終更新日:2017年10月26日

今ブレイク間近と言われている、そして地方出身アイドルで最も人気があると言われているアイドル、それが「Negicco(ねぎっこ)」だ。

彼女らは芸歴10年以上のベテランであり、そして10年以上経った今ようやく花開いた努力の3人組アイドルだ。今誰もが応援したくなる、見ているほうも勇気を貰える、諦めなければ必ず夢は叶うことを教えてくれる、それがNegiccoである。

Negicco

Negiccoヒストリー 努力のアイドルねぎっこ、ねぎを持ち続けて10年以上

ではなぜ彼女らからそんなことが感じられるのか?

Negiccoがこれからもっともっと知名度を上げ、いつかは日本武道館ライブや全国区の音楽番組へ出演できるようNegiccoのメンバー3人の簡単なプロフィールとNegiccoについて記す。

Nao☆

Nao☆

(なお、愛称:なおなお☆、なお☆ちゃん、1988年4月10日 - )

 

Megu

Megu

(めぐ、愛称:ぽんちゃ、1989年6月3日 - )

 

Kaede

Kaede

(かえで、愛称:かえぽ、1991年9月15日 - )

 

この3人が今Negiccoとして活動している

Negicco

今からもう10年以上前に「Negicco」は新潟県で生まれた

正確には2003年のこと、当時JA全農にいがたの新潟名産「やわ肌ねぎ」PRキャンペーンのために結成された期間限定のユニットだった。

当時のメンバーは12歳~14歳。

2004年 negicco

Negicco Negicco

やわ肌ねぎをアピールするため、名前は「ねぎっこ」と命名された

期間限定で結成されたが活動は延長され、地方アイドルとして活動していくこととなる。

2003年といえばAKB48すら生まれていない、アイドルといえばモーニング娘。率いるハロプロ勢が圧倒的人気を誇っていた時代。

今のアイドル戦国時代とは違い、モーニング娘。一強の時代で、地方アイドルの数も少なく、今ほどアイドルが持て囃されてなかった時代だ。

モーニング娘。

ヲタクカルチャーが発展した今、アイドルという分野が今これほどまでに拡大したが、まだ当時は世間的にヲタクという言葉すら世間には浸透していなかった。そんな時代に新潟という地でNegiccoは生まれた。

新潟の小さな町祭りに呼ばれたり、商店街で歌ったり、まともなステージも用意されていないような場所で踊り歌い続けたNegicco

アイドル人気が今よりなかった時代なため、辛い想いをしたことが多々あったかもしれない。

Negicco / 恋するねぎっ娘 2003

 

Negicco 2003年

NegiccoとPerfumeとの出会い

彼女らの不屈の精神、諦めない精神は苦しい状況に10年もの間置かれ続けたことによって出来上がる。どれだけNegiccoが努力をしてきたかは、本人たちにしかわからないがNegiccoを応援したくなる人が今増えているのは、こうした辛く苦しい時代が続いたことが影響している。

時を同じくして、広島であの「Perfume」が誕生した。

NegiccoとPerfumeは深い縁がある。Negiccoは常にPerfumeを意識して活動してきたと言っても過言ではなく、Perfumeがまだ売れていなかった頃にNegiccoとPerfumeのメンバーは出会っている。

Perfume

Perfumeも売れるまでに時間がかかったことはご存知だろうか。

広島で生まれた地方アイドルであり、Negicco同様に地方で活動をしていたPerfume。今でこそ中田ヤスタカが手がけるサウンドが軸となっているが、当時のPerfumeはいかにもアイドルなアイドルソングを歌っていた。

Perfume 下積み時代

Perfume

しかしPerfumeは中田ヤスタカと出会ったことにより、すべてが変わる。2005年のメジャーデビュー以降、Perfumeは次々とスターへの階段を駆け上り、Negiccoと明らかな差をつけていった。

2004年にNHKの音楽番組「ポップジャム」に出演したNegicco。ここから10年もの間、全国区の音楽番組に出演することはなくなる。

Negicco 2004年 ポップジャム出演時

Negicco

PerfumeはMステ出演、オリコンTOP10入り、紅白出演、全国ツアー、アリーナツアー、武道館ライブ、東京ドームライブ、ワールドツアー、ロックフェス出演と次々と夢を叶えていく中で、Negiccoの冬の時代は続いていった。

しかし、Negiccoのメンバーはどんなに辛い時代が続いても諦めはしなかった、活動を止めることはなかった。そして活躍し続けるPerfumeの背中を追い続けた。

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例えば2005年にNegiccoの育成をしていた新潟にあるタレントスクールが廃校に追い込まれる。事実上の解散せざるおえない状況だ。なんとかして次の事務所を手に入れ移籍をしたNegiccoだったが、その後も何回かの移籍を繰り返している。

NegiccoのメンバーはNao☆、Megu、Kaedeの3人だが、過去にもう2人いたメンバーが辞めている。それも当然のはず、将来の見えないアイドル業を続ける人は少ない。だがNao☆、Megu、Kaedeの3人がNegiccoを辞めることはなかった。

2005年、2006年、2007年、2008年と彼女達に光が当たることはなく、新潟のローカル番組や新潟のイベントなどに積極的に出演し続けていく。

Negicco
Negicco
Negicco

Negicco 『Summer Breeze』2008年

 

Negicco 『My Beautiful Life』 2008年

アイドルが何かを変える、アイドルが増え始めていく

そしてこの時期にAKB48が誕生、AKB48も最初から売れていたわけではない。この時代、アイドルという存在は冬の時代を迎えていた。アイドルってダサくない?そんな風潮もあったんじゃないだろうか。

AKB48にも暗い下積み時代はある。そしてAKB48が売れることによってアイドル界に新しい風が吹き始めた。「今更アイドルって…」と誰もがこの時代に感じていた。しかし、

アイドルが時代を変える、そんな未来がある、とこの時、秋元康を含めて少なからず誰かが予感していたのだろう。

AKB48

2008年のこと、Negiccoは当時のGyaO!が主催するアイドルオーディション番組「勝ち抜き!アイドル天国!!ヌキ天」に出演することとなる。この番組に出演するアイドルは審査され、見事4週連続で勝ち抜けばメジャーデビューの権利が獲得できるというものだった。

Negiccoにとってまたとないチャンスだ。彼女たちはここにすべてをかけるつもりで出演した。

ヌキ天 Negicco出演時 第1週目 2008年

しかし、結果は惜しくも3週連続で勝ち抜き、4週目で落選…

だがここでもNegiccoは諦めない、再度この番組に出ることを誓い、2009年に再び同じ番組に出演。出演したものの、、、残念ながら再び4週目で落選する。

メンバーのNAO☆はそれでも諦めなかった、自分の人生と夢をかけた彼女の言葉に周りは動かされ、その後同番組に再び挑戦する権利を得る。そしてついにNegiccoは3回目にして優勝をする。

ヌキ天 Negicco 優勝の瞬間

優勝したものの…ここで花開かないのがNegiccoだ。

メジャーデビューの権利を与えるという条件だったにも関わらず、主催元の経営悪化によりメジャーデビューはなかったことになったのだ。

もうNegiccoがブレイクすることはないのだろうか。

メンバーも周りも誰もが思ったことだろう。普通であればここで諦めるだろう。

しかし…まだ諦めるわけにはいかない。Negiccoはまだ折れなかった。

Negiccoはここで一度初心に戻り、2010年「全国ねぎサミット」に出演したりと、本当は全国区のアイドルとして活躍したい想いを秘め、地道な活動を続けていく。

Negicco 2010年 新潟市万代橋前にて

世はまさにAKB48が席巻していた時である。AKB48の存在によって地方アイドルも持て囃されるようになっていく、そんな時代に突入していった。

AKB48 2011年12月31日、レコード大賞受賞

AKB48

そして、Negiccoの周りで何かが変わり始めていく

2010年、Negiccoは全国のアイドルが集まるフェス「U.M.U AWARD2010~全国アイドルお取り寄せ展~」に出演。ここで見事グランプリに輝き、初代チャンピオンとなった。

UMUアワード2010『negicco』パフォーマンス

2011年、あのタワーレコードが立ち上げたアイドル専門のレーベル「T-Palette Records」の第1弾アイドルに選ばれたのだ。

アイドル好きの社長さんがNegiccoを知っていたためだ。

彼は彼女たちにとって救世主だった。

Negicco

同年6月には全国放送の「さんまのSUPERからくりTV」のコーナー「かえうた王」に出演。

全国にNegiccoの存在が届いた瞬間である。

Negicco

2012年、タワーレコード・オンラインにメンバーのヒストリーを追ったインタビューが大々的に掲載。

2012年 タワーレコード・オンライン Negiccoインタビュー

雑誌「ウレぴあ」で「あなたが選ぶベストアイドルソング」第1位にNegiccoの「恋のEXPRESS TRAIN」が輝き、

更に8ページにも及ぶ大特集も組まれた。

Negicco

2012年、フジテレビ「めちゃ×2イケてるッ!」のエンディングテーマにNegiccoの「圧倒的なスタイル」が起用。

更に同年、初のベストアルバム「Negicco 2003~2012 -BEST-」をリリース。Negiccoの10年が詰まった内容となった。

Negicco 『Negicco 2003~2012 -BEST-』発売記念コメント

同年、全国のCDショップ店員が選ぶ「第4回CDショップ賞」甲信越ブロック賞を受賞。

CDショップ賞

同年、ベストアルバムを引っさげてワンマンライブを新潟LOTSで開催。

日本武道館単独ライブへの夢を語り、チケットは前売り券が完売という盛況。

更に同年、2012年4月になんとあの「笑っていいとも」の1コーナーに出演。

タモリはNegiccoの存在を知っていたらしく、「あ~知ってるよっドモドモ」「頑張ってるんだよね、ねぎっこ」3人は感激して「ありがとうございます~!」と飛び跳ねた。

Negicco

Negicco 笑っていいとも出演時

明らかにNegiccoへの風が少しずつだが向かい風から追い風へと変わっていった

 

 

 

Negicco 公式
Negicco所属レーベル T-Palette Records
Negicco Nao☆ 公式ブログ
Negicco Megu 公式ブログ
Negicco Kaede 公式ブログ
Negicco Nao☆ Twitter
Negicco Megu Twitter
Negicco Kaede Twitter
Negicco 公式 Twitter

ティー・フォー・スリー / Negicco

日比谷野外大音楽堂 Road of Negiiiiiii ~Negicco One Man Show~ 2015 Summer [DVD]

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