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庵野秀明のシンゴジラが完全にエヴァでエヴァンゲリオンしか作れないって

2018年02月01日
シンゴジラ
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逆に凄い。

庵野秀明という監督はよくエヴァの演出しかできないと言われている。でも、これって逆に凄いこと。シンゴジラも誰がどう見たってエヴァ演出の連続、独特な間の空け方や、白字テロップ、早口、専門用語多用、というかBGMモロ、これってエヴァなんですよね。

エヴァファンにはとても堪らない内容になってるシンゴジラ、でもそれ以外の人から見たら「見づらい」と言われることもわかる。日本賛美な映画だから、日本でしか受けない映画なのもわかる。一部の人には絶賛されるのもわかる。だからシンゴジラは結局、エヴァなんです。エヴァも万人に好かれるアニメではない。ナウシカを映画化したって絶対エヴァになる。

エヴァンゲリオンという作品は国民的なアニメと言える地位を築きましたが、あれを好きな層って限られてる。パチンコ効果で当時は一般人も見に行きましたが、本当に好きな層は限られてる。だから「君の名は。」のように万人に好かれるようなアニメではないわけです。使徒食ったりグロテスクなシーンはあるわ、いきなり喘ぎ声いれたり、主人公の精神はぶっ壊れるわ、ヒロインはクローン人間だわで、こんなアニメが国民的アニメになったことまでが奇跡。

エヴァ・序のときに「日本のアニメを変えたい」とか大口叩いてた監督ですが、エヴァってそんなに日本中を巻き込むほどのものじゃなかったんですよ。だって見りゃわかるでしょ。日本人の大半は恋愛エンタメを求めている。だから「エヴァ」では日本のアニメを変えることはできない。そして「Q」で監督は鬱になり、シンゴジラに逃げました。

とは言ったものの、エヴァ、そしてシンゴジラを作り上げた庵野秀明という男はものすごいんです。エヴァもシンゴジラも全てナウシカの巨神兵ビームから始まっており、全てはウルトラマンが起源ではあるんですがそれを自分のものとしここまで発展させた。それってとてもじゃないけど成せる業じゃない。

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新世紀エヴァンゲリオンが起源

本当は他の男の人と寝てみたい


エヴァで作ったものは、放送当時、90年代後期、全てが斬新でした。

OPの演出だって今では当たり前になってます。MAD動画ってニコニコ動画で流行りましたよね。あれはエヴァが広めたと言っていい。エヴァのテンポのいい演出、音楽とアニメーションの混ざり合い、凄く気持ちがいいですよね。人の快感を突くような演出が上手い。

「第弐話 見知らぬ、天井」
とかあの字体もエヴァが最初。
クラシックを使う演出、当時としてはテレビアニメじゃないクオリティの高さ、シンジ君含めた14歳の中学生を中心として世界が崩壊したり描かれていくセカイ系を作ったのもエヴァ。エヴァがあって君の名は。までが繋がっている。全ては繋がってるんです。エヴァのデザインはウルトラマン。全ては繋がっている。

お偉いさんに反対されても「エヴァンゲリオン」を作ると意欲満々だった当時のガイナックス。制作陣の熱量だけは凄まじく、斬新さはハンパなかったけど予算が足りなくて最後は絵コンテみたいな演出で誤魔化したり、主人公の精神ぶっ壊れたり、「Air/まごころを、君に」なんて頭イッちゃってないと作れない。主人公の自慰シーンを全国に流すという暴挙、天才だけどアタマおかしいんですよこの監督。変態なんです。ワンオクと一緒にカッコいいセリフ言ってるのは表の顔ですよ。てか出るな。

そんな天才、庵野秀明は変態だからこそエヴァンゲリオンで全てを手に入れた。

だからエヴァで全てを出し切ったんですよね。彼がエヴァを作り上げた当時、35歳くらいです。30代後半でよく世界崩壊させてアスカに「気持ち悪い…」の一言で映画終わらせられたな。この人、エヴァ作ってなきゃ社会に出ちゃいけない人です。でも天才って大概そんな人ですよね。この頃、ピーク、芸術家として、アーティストとしてピークだったんじゃないかと。あんなヘンタイアニメを作った人が、超弩級のエンターテイメント「シンゴジラ」まで作れて成功したのが奇跡に見えてきます。


アーティストの引き出しには限界がある

アーティストの引き出しには限界がある説


アニメーション監督でも、実写映画監督でも、音楽家でも漫画家でも、作家でも、その人個人が持っているストックで限界があるんじゃないでしょうか。

今回言いたいことはこれです。

アーティスト一人が持っている、自分の中に溜まっている作品を作り出すためのモチベーション、それを生み出すために作り上げた自分の中にある想像力とか、妄想力とか、鬱憤とか、世の中への不平不満とか、反骨精神とか、そういうもの。それが実現できる時間ってとても限られている。

音楽家、いやロックミュージシャンであったら例えば20代がピーク。
10代で授かった自分の中にある何かを吐き出すための場所がロックなわけです。そこで表現力の高さや実力を持った人は作品へ昇華できる。でも10代で授かったものを全て出しきったら、その後の音楽はテンプレート化します。つまり、音楽の作り方を覚えてしまうということ。ヒット曲の作り方をある程度覚えてしまって、荒削りな部分や、本能的な部分がなくなってしまう。綺麗だけど刺激が足りない、そんな音楽になってしまうわけです。

これって一般の人でも同じなんです。
20代のときって何か世の中や社会に対して不満を持っていて、それを吐き出す場もなく、なぜかイライラしていたり、荒っぽくなったりしますよね。でもそれが若さと混ざり合い良い意味で勢いになったり、魅力でもあったりする。

その世界の人によって年齢は様々だが、自分自身を魅せる人であれば30歳まで、作家や映画監督やアニメーション監督であれば40歳前後がピークなんじゃないだろうか。
「君の名は。」の新海誠も君の名は。を制作したときは40前後だ。
作品への昇華期間、そういうものは決まっている。

アニメーション監督。
エヴァンゲリオンを作っていた95年当時の庵野秀明という監督は、たぶん何かしらの鬱憤が自分の中にもの凄く溜まっていた。それを全て自分の作品に昇華したのがエヴァだ。だからあんなに気持ち悪く、気持ちの良い作品となり、世の中に影響を与えてしまったわけだ。庵野秀明の精神世界に棲んでいたモンスターが形となった作品がエヴァンゲリオンである。

だからあれがピーク。アレ以上のモンスターは庵野監督の中には潜んでいないからだ。一作とは言っても、アニメで26話、劇場版も含めればかなりの数。漫画家だって一作品で30巻も描けば自分の中にあるものは出し切ってしまうだろう。音楽アーティストで言えばアルバム数枚分くらいはあるんじゃないだろうか。

だからエヴァの1発屋とか、エヴァだけの人って言い方はちょっと違うんじゃないだろうか。エヴァという作品の中には膨大な情報量とアート性が溢れている。一人の芸術家が描くには十二分すぎるほどの質量。

一般消費者は勝手に「一発屋じゃん」とか言うけど、アーティストからすれば作品を作ることは自分の中にある熱とか、精神的な世界の構築とか、そういうことができる時間って限られているんですよ。勝手なこと言ってくれますよね。だからその期間のうちにエヴァンゲリオンという作品を作り上げた庵野秀明は凄すぎるんです。運と実力と才能、全てがそこにあった。

あ、宮崎駿とかは別枠です。あの人は化物なんじゃないでしょうか。千と千尋の神隠しまでずーっとモチベーションと引き出しがなくならなかったんだからどう見ても化物です。手塚治虫と同じ類。庵野秀明が天才なら宮崎駿は化物。良い意味で。

とうわけでシンゴジラが、エヴァっぽいのはれは庵野秀明というアーティストが作ったものだから当たり前のことなんです。

庵野秀明がアーティストとして培ったものを出した結果なのだから。新しい何かを作ったというわけでなない。今まで培った能力で作ったゴジラだからああなったということ。ジブリのキャラの走り方、全部同じですよね。そういうこと。

だからあの~…もうさっさとエヴァを作れ。もうそろそろ忘れられてるし、飽きられてますよ。全力の庵野秀明カラーで期待しています。

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