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セカオワSaoriの小説「ふたご」に「旦那 子どももいるのにまだFukaseのこと言ってるのか」

2017年09月16日
セカオワSaoriの小説「ふたご」に「旦那 子どももいるのにまだFukaseのこと言ってるのか」

SaoriとFukaseと世界の終わり

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芸能人とか歌手がエッセイとか小説とか出したときに叩かれるのは世の常。
芸能人のくせに小説家ぶってんじゃねーよとか、
小説家一本でやってる奴らに失礼だとかね、

俳優や女優が歌手気取りでCD出したときは批判しがちなくせに、
自分は物書き気取りしたときはいいんですか?ってね。

今回はこの人、セカオワのSaoriさんが小説出しました。
タイトルは「ふたご」、名義は本名の藤崎彩織。
もちろんFukaseとの思い出、軌跡を綴ったストーリー。

これに対して世間の声はこうです。

「もう旦那もいるくせに、まだFukaseとか言ってる神経がわからない」
「旦那さんも子どももいるのに、世間にFukaseとの思い出を曝け出す、この人おかしい」
「旦那さんはこの小説を見てイヤじゃないの?嫉妬しないの?」
「小説家気取りうざい、そんなにFukaseと自分を世間に見せつけたいの?」

これが主に、同性の女性の皆さんの、主に年上からの批判。某掲示板より。
なお、発売前から本は読まずにこれ。

ファンの皆さんと、Saoriさんに憧れている年下の方たちからは、

「Saoriちゃんの本なら買う!」
「本とか読んだことないけど、Saoriちゃんのなら買う!」
「Fukaseさんとのことが書いてあるなら買っちゃう!」
「すごい才能!多彩なSaoriさんが最高」

なんて支持率の高さ。

そして主に男性の皆さんからは何の興味も持たれていない模様。

人って面白いよね。
これだけ考え方も価値観も違うのだから。
ここに渦巻いている様々な煩悩、ああ面白いですね。

ところでこの小説の内容、こんな感じ。

いつも一人ぼっちでピアノだけが友達だった中学生の夏子と、
不良っぽく見えるけれども人一倍感受性の強い、高校生の月島。
彼は自分のことを「ふたごのようだと思っている」と言いますが、
いつも滅茶苦茶な行動で夏子を困惑させ、夏子の友達と恋愛関係になったり、夏子を苦しめます。
それでも月島に惹かれる夏子は、誘われるままにバンドに入り、
彼の仲間と共同生活を行うことになるのですが・・・・。
自分ひとりでは何もできなかった少女が少年に導かれるままに成長し、
自らの居場所を見つけようとする姿を描いた、感動の青春小説

自伝みたいなもんですね。Fukaseと私の出会い、私が変わっていく様、
それを描いたと。
これはもう確かに同性から嫉妬を食らうことは間違いなしの中身ではありますが、
これを世間に大体的に公表してしまうSaoriさんの神経の図太さはもう一般人が、
考える常識の範囲内にはいないわけです。

Saoriさんは村上春樹をこよなく愛していまして、彼に影響されて、
詩や小説を書いていたわけでもあり、まぁセカオワじゃなかったらどこにでもいそうな文学少女。
でも彼女はSEKAI NO OWARIになれたわけで、これだけの人気も支持があり、
芥川賞を取るほどの文才がもしかしてなくても、Fukaseとの思い出を綴ることで、
ある程度本は売れてしまうわけです。それは物書き1本で生きたいとか、
音楽だけで勝負したいとか、旦那さんがいる既婚者の皆さんとか、
そういう人達からすれば、癇に障るわけですね。

もしも批判に耐えられなかったら、こんな小説を全世界に公開してしまうほど、
自分を変えてしまったFukaseって男に全部ぶつけてしまえば良いんじゃないかな?
いや、批判に耐えられなかったらこんな小説は出しません。
Saoriさんの精神性はもはや一般人には理解できない領域にいる。

この人はセカオワがメジャーデビューする前から、常にFukaseという男のことが
頭から離れなくて、常にもうFukaseの名前を連呼していたわけで、それはファンなら
百も承知なんですが、世間の皆さんはそんなには知らない。

雑誌のインタビューや自身のブログ、Twitterでも常に「深瀬」「慧」「Fukase」の文字が、
何百回というほど出てきました。
Fukaseがリアルな彼女と付き合っている間もたびたび出てくるSoariさんの肝っ玉には驚愕ですよ。
幻の命という曲はSaoriとFukaseの2人の子どもの歌ということは有名ですね。嘘か真実かはまだわからない。
いい加減公表したらどうだろうか。
中絶なんて今の世じゃ意外と普通なことらしいです。

結婚して子どもができてもFukaseへの想いは止まらず、最終的にはもう本にしちゃったと。

もしも「セカオワのSaori」じゃなかったら怖すぎない?
三十路の女が昔からの男にこれだけ依存しているって?もう怖すぎない!?
SEKAI NO OWARIのSaoriさんだから許されていることです。彼女は特別。

まぁ書くまでに5年くらいかけたみたいですが。

いやもうなんていうか一人の女をこれだけ依存させてしまったFukaseという男がヤバイと思います。
よく恋人には「共依存」という言葉が使われますが、30歳になっても結婚して子どもができても、
ココまで依存させてるFukaseはセカオワじゃなかったら大分危ない奴だと思います。いや褒め言葉として。
立場が違えば、宗教家とかになれたと思う。ファンは信者とよく言うしね。

きっとSaoriはFukaseと出会わなければ、普通にピアノの先生でもやってたんじゃないかな。
美人ピアノ先生として少しは有名になったかもしれないけど。

でも出会ってしまったと、彼と出会い、彼を取り巻く環境が連鎖してSEKAI NO OWARIとファン、色んなものが構築されていった。
きっとこの人は旦那さんとか子どもとかがいても、一生Fukaseは自分の中で特別な存在で在り続けるんだろう。たまったもんじゃねえな旦那さん。よく精神持ってるね。旦那さんの懐の深さが宇宙クラス。

もはや彼女の常識は世間の常識とはかけ離れてしまているので、Fukaseとのことを「表現」として捉えることができるんですよ。世間一般からしたら倫理観がずれているのかもしれませんが、SEKAI NO OWARIとして生きてきた彼女が持っている常識は、世間の既婚者の方々とはずれています。

でもね、結局これって「羨ましい」んですよ。

「もう旦那もいるくせに、まだFukaseとか言ってる神経がわからない」
「旦那さんも子どももいるのに、世間にFukaseとの思い出を曝け出す、この人おかしい」
「旦那さんはこの小説を見てイヤじゃないの?嫉妬しないの?」
「小説家気取りうざい、そんなにFukaseと自分を世間に見せつけたいの?」

これって全て嫉妬心からきている批判なんです。あー怖、女って怖い。
自分も、そんな特別な男性がいたらっていう欲望は必ずあるんですね。

旦那もいるのに、違う男とも特別な関係を築けている、周りからもちやほやされているSoariに嫉妬しているんですよ。そしてそれを話題にしている時点でマーケティング成功なわけです。

女が女を叩くときなんて嫉妬以外の何者もない。

たまたまFukaseとSaoriが出会ってこうなってしまっただけ。
批判する人達にはそれがなかっただけ。
それだけのこと、人それぞれ、考えるだけ馬鹿。

そしてファンや年下からは、「そういう関係って憧れるし、気になる」
「Saoriちゃん、堂々とこんなことも書いてるなんてかっけー!!」

これらを取り巻いてる事象、どうでもよすぎるよね。
男性は誰も関心がありません。

Saoriという女性

この人はFukaseのことを「双子」と呼んでいるくらいなので、
つまり似ている部分があるということ。FukaseはADHDだし、頭いっちゃってるし、
Saoriは大学も出ていているのにどこが似てるんだって思うかもしれない。

でも一般常識を持っている人でもいくらでも頭いっちゃってる人はいますよ。
既婚者が全員常識人か?いやNO。そんなものは世間体でしかありません。
何が普通で何がおかしいのか、もうわからない時代です。
なんでもかんでも病名をつける時代なので、もはや日本人、全員精神病なんじゃない?

そんな全国民精神病時代からしたら、Saoriは軽く自己愛性人格障害が入っているんじゃないかと。
本人の発言や様子を見ていればそれは分かる人もいるでしょう。

子どもの頃は被害妄想になりやすい心を持っていたと言っていますし、
男兄弟に囲まれて常にちやほやされてきたので、
自分が1番じゃなきゃイヤだという精神を無意識のうちに持っていたんじゃないだろうか。
世界の終わりを作り続けていたときも常に男に囲まれて、スタッフからも「姫」と呼ばれて、
常に自分を助けてくれる男が周りにいた。

承認欲求が人よりも強く、とても我が強い彼女は、セカオワのメンバーとして自己を表現することを選んだ。
まぁ表現者なんてみんな自己愛性人格障害なんじゃないだろうか。病名が付いてるけどアーティストに
とってはメリットなんじゃないか?なんでもかんでも疾患名をつける昨今の風潮はどうだろうか。
それは時として表現者には必要なものだろう。

Saoriは自身で書いた短編エッセイで自分の「男っぽさ」について書いている。
ちょっと美人で、男に囲まれてちやほやされて生きてきたなんて、
女からしたら嫉妬が溢れまくる対象であるが、
Saori自身はそんなことは「当たり前」だと思っていたので異性として男に近寄っていたわけではない。
むしろ自分はセカオワになるまでスカートもはいたことがなかったくらい男っぽかったと言っている。
20歳を越えても女としての自分から逃げていたと言っている。

そういう女の人っていますよね。
男っぽい女。 こういう女性って社会的に成功するんですよ。なぜか?

生物学的観点から見ると、
男性ホルモンが多いんです、他の女性よりも。
テストステロンっていう男性ホルモン分泌が多いと男っぽくなる。
チャレンジ精神や向上心、モチベーションの高さが強く出るホルモン。

同性に憧れられる女って、どこか男性っぽくてカッコいいですよね。
可愛い可愛いしてない、ふわふわのスカートとかはかないんです。
どちらかといえばアイドルよりモデルに多い。男が好きそうな「可愛い女」ではない。
それってテストステロン分泌が多いからなんですよ。Saoriさんだけじゃなく。
テストステロンが多い女性は、社会的地位を得ている強い女性が多い。
男性よりも成功している女性はこのホルモンのおかげってのも少なからずある。
政治家やってる女性もテストステロン量が多いんです。
ちなみにこのホルモンは性欲も増します。

そしてFukaseは感受性の高さから女性ホルモン分泌が多い。女装とかもしてたしね。
つまりこの2人、そこでバランスが取れているんです。
生物学的に、双子もあながち間違いではないのかもしれない。

なんて見方もできます。

それを夢物語化して表現してくれたのが小説「ふたご」

この小説は後ろにある背景やセカオワのSaoriとFukaseという存在があるからこそ、売れると思いますが、
Saori自身は書き手として見てもらいたいでしょう。でもそれはまだ無理だと思います。
ジャニーズがアーティストとして見てもたいたいと言うくらい無理な話。
彼女の果てしない承認欲求と自己実現欲求を受け止めてあげてください。

SEKAI NO OWARIの人気って半分くらいはFukaseとSaoriの関係性で持っていたと思います。
プラスで共同生活や、それに繋げた彼らのキャラクター性と世界観。
プライベートなところの見せ方、メンバー同士で何かを作り上げている、
そんなところが10代の憧れの対象であった。
事務所のマーケティング上手すぎた。

ここが気になる人が続出したから人気が出たといっても過言じゃない。
こういう関係性、私も作りたいって思った人が続出した。

だから音楽的評価は二の次だよね。残念だけど音楽はセカオワにとって二番手だと思う。
それが残念と捉えるか、それがSEKAI NO OWARIというチームなんだと捉えるか。

でもそれももう潮時で終わり時です。SaoriがFukaseとの関係を全て曝け出す小説を
書いたことがその証拠じゃないだろうか。

此処から先のセカオワは今までの若者達の夢と欲に溢れた共同生活と恋愛劇に頼ることなく、
人気を得続けていかなきゃいけない。その辺が見どころだよね。

とりあえずSaoriさんにはアラフォーになっても、Fukaseのことを語っていてほしい。

藤崎彩織、処女作「ふたご」、どうぞお楽しみあれ。

 

 

ふたご / 藤崎彩織


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