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結成&デビューから売れるまで何年かかった?セカオワ→

2016年02月23日

売れるまでどれくらいかかったか

どのアーティストにも結成したときがある。バンド結成日、ユニット結成日がある。これから売れてやろう、音楽をやっていこうと決心し結成する。まずはインディーズデビューに向けて活動を開始、オリジナルの曲を作ったり、ライブ活動を重ねて自分たちの実力を上げていく。誰かに自分たちをもっと知ってもらいたい、認めてもらいたい、自分たちの音楽は絶対に良いものだと信じ活動を続ける。活動していく中でメンバーとの別れもあるだろう。結成を掲げた当の本人がいなくなってしまうこともあるかもしれない。バンドが空中分解し続けられなくなったり、いくら頑張っても売れないから止めてしまうこともあるだろう。それでも自分たちを信じ続け、誰かの元に自分たちの音楽が届いた人だけがやっとインディーズデビューの道を開ける。

インディーズデビューをしても次に待っているのはメジャーデビューまでの道のりだ。一体どれだけの山を超えていけばいいのか。例えメジャーデビューをしてもその後に数年と持たずに消えていってしまうバンドも山程いる。数えきれないくらいの屍を超えて、その先にやっと「売れる」という道が見えてくる。だからメジャーデビューを果たして、なおかつブレイクした、売れたアーティストは奇跡。本当なら褒め称えるべき存在だ。もし売れたとしても一発屋で終わる可能性だってある、不祥事を起こして消えてしまうこともある。売れた更にその先に売れ続けなきゃいけない恐怖が待望んでいる。なんて険しい道のりだろうか。今現在でも売れ続けているアーティストは神か仏か。

というわけで、そんな奇跡にたどり着くのに彼らは一体どれくらいの年数をかけたのか。今回はちょっと見ていこう。

SEKAI NO OWARIの場合

セカオワことSEKAI NO OWARIはいつデビューしていつ売れた?

セカオワが結成されたのは2007年のことだ。意外と昔である。この時のアーティスト名は「世界の終わり」の漢字表記。更に昔に遡ればFukaseとNakajinが音楽活動を始めたのは2005年のこと。SEKAI NO OWARIはメジャーデビューしてから売れるまでの期間が短いが、それまでの道のりが長い。極貧生活を送っていたとよくメンバーが語っているが、2010年のインディーズデビューまではかなり苦労をしたという。

2011年にシングル「INORI」でトイズファクトリーからメジャーデビューを果たす。同年にはすでに武道館ライブを行っているため、この年に売れたと言っていいだろう。2012年にシングル「眠り姫」でオリコンTOP10入りを果たした。

Mr.Childrenの場合

今や日本トップクラスの大御所バンドになっているミスチル。彼らが売れたのはいつ?

Mr.Childrenが結成されたのは1989年のことだ。名前が「Mr.Children」になる前のバンドは85年から活動を始めている。今のメンバーが揃い、Mr.Childrenとして活動を始めたのが89年のこと。

メジャーデビューを果たしたのはそれから4年後の92年だ。それから約1年後の93年にシングル「CROSS ROAD」をリリース。これが100万枚を越えるロングヒットとなった。その次のシングル「innocent world」で大ブレイクを果たす。時代性もあるが年数でいえばミスチルは売れるのにそれほど時間がかからなかったと言える。

BUMP OF CHICKENの場合

幼稚園児からの幼なじみで結成されたBUMP。1996年2月11日。これが現在、BUMP OF CHICKENの結成日となっている。正確には結成した日ではなく、初めて4人がステージに立った日だという。幼なじみで活動を開始したためバンドを結成したのは正確にはもっと前になるのかもしれないが、正確な日付は誰も覚えていないという。

1999年にアルバム「FLAME VEIN」でインディーズデビューを果たす。それから1年後の2000年にシングル「ダイヤモンド」でメジャーデビューを果たした。2001年にシングル「天体観測」が大ヒット。BUMPの名が全国に広がった。

ちなみに上の3つのバンドには共通点がある。どのバンドも「トイズファクトリー」からメジャーデビューをしているということだ。

THE BLUE HEARTSの場合

1995年に解散したブルーハーツだが、彼らが結成されたのは85年のこと。80年代前半から甲本ヒロトと真島昌利を中心とし音楽活動を開始。本格的に「THE BLUE HEARTS」が始動したのが85年だ。ライブハウスでの活動を経て、1987年に「リンダリンダ」でメジャーデビューを果たした。

1988年にリリースしたアルバム「TRAIN-TRAIN」が大ヒット。若者を中心とし絶大な支持を得られるようになっていく。当時のバンドブームの火付け役にもなった。

スピッツの場合

ブルーハーツに衝撃を受け、打ちのめされ、音楽活動を続けることができなかったかもしれなかった。というエピソードがあるスピッツ。1987年に結成、91年にシングル「ヒバリのこころ」アルバム「スピッツ」でメジャーデビューを果たした。

スピッツはあまり売れるということを意識していなかったのか、95年の「ロビンソン」までヒットには恵まれていない。しかし「ロビンソン」以降はアルバム「ハチミツ」の大ヒット、「チェリー」「渚」「スカーレット」などヒット続きとなった。

L'Arc~en~Cielの場合

1991年に大阪にて結成されたラルク。リーダーのtetsuyaを中心として結成された。ボーカルのhydeは元々別のバンドで活動していたが、tetsuyaの熱烈なラブコールによりそのバンドを離れ、L'Arc~en~Cielに加入した。

1994年にビデオシングル「眠りによせて」でメジャーデビューを果たす。95年には日本武道館ライブを行い、すでに売れ始めていたが当時のCD売上的にはまだ売れたとは言えない。96年リリースのシングル「Flower」。hydeが「この曲が売れなきゃ世の中が間違っている」とまで豪語したこのシングルがスマッシュヒット。その後のアルバム「True」がオリコン1位、ミリオンセラーを記録し、L'Arc~en~Cielはブレイクの道を辿っていった。

売れる人は数年で売れる

こうして見ると結局本当に成功して売れていく人は数年あれば売れていくということ。才能と運、努力、色んなものを持っていた人が色んなタイミングが重なって売れる。偶然なのか必然なのか運命なのか、なぜ彼らが売れたのか。これから彼らのように売れていくまだ見ぬアーティストも同じものをもっているのかもしれない。


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