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【セカオワ】SEKAI NO OWARIメンバー画像付プロフィール【世界の終わり】

記事作成日:2015年03月15日 最終更新日:2019年03月

SEKAI NO OWARI

SEKAI NO OWARIのメンバー4人のプロフィールを掲載する。

今やセカオワはバンドという枠を超え、SEKAI NO OWARIというジャンルを確立したといっていいほどの絶大的な人気を得ている。「ドラゲナイ」で爆発的な人気を経て、SEKAI NO OWARI(せかいのおわり)、セカオワという言葉を聞かない日はないほど、毎日何かしらの話題がニュースになり、人々の目に留まっていたのも記憶に新しい。

2015年7月には2日間で14万人を動員する日産スタジアムでのライブ、アルバム「Tree」は売上約50万枚という若手バンドでは圧倒的な数値を記録した。紅白には毎年出場し、2017年には初のドーム・スタジアムツアーを開催。

彼らがこれほどまでに人々を巻き込む「世界」になったのはなぜか。やはりメンバー4人の魅力的な人間性がまず上げられる。セカオワメンバーの4人のTwitterフォロワー数は全員が人気バンドのボーカル並みのフォロワー数を抱えている。Fukaseに至っては150万人の大台を突破した。

2019年、2枚組オリジナル・アルバム「Eye」「Lip」をリリース。
「End of the World」名義で海外進出初となるアルバム「Chameleon」をリリース。

SEKAI NO OWARIの挑戦は今もまだ衰えてはいない。

改めてセカオワメンバー4人、Fukase Saori Nakajin DJ LOVEの過去エピソード、プロフィール完全掲載。もっとSEKAI NO OWARIを知ってもらいたい。

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SEKAI NO OWARI

Fukase(深瀬慧)

・SEKAI NO OWARIのボーカルであり、作詞作曲を務めている。「Dragon Night」もFukaseが作詞作曲した楽曲である。セカオワの初代リーダー。
・1985年10月13日、東京都大田区蒲田生まれの長男。
・父親はシステムエンジニア、母親は保育士をやっていて裕福な家庭で育つ。
・父親はバンドを始めた頃からライブを観に来てくれている良き理解者。母親は愛情溢れる熱い人。
・裕福な家庭で育つが、Fukaseに物欲がなく「何か欲しいものある?」と言われても「なんでもいいよ」というタイプ。
・一番最初の記憶は両親にブランコを揺らされて乗っていたこと。しかし両親は覚えていない。
・幼稚園や小学校の途中まで、ガキ大将に目をつけられるやんちゃなタイプだったためいじめられていた。小学生高学年になると「あいつマジ生意気だな」と呼びだされることが度々。
・目を付けられていた理由はヘコヘコしていなかったから。かといって1番やんちゃというわけでもなく、派手な奴の子分みたいな感じだったこともある。
ナカジンとは小学生の頃からの知り合い。同じクラスになったことも。しかしナカジンは勉強ができるタイプ、深瀬はやんちゃタイプだっため仲良くなることはなかった。当時流行っていたポケモンについて聞くくらいだった。

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・小学生の頃「サトゴンクラブ」というクラブを自分で立ち上げる。「サトゴン」と呼ばれていたため。家の塀を登ったりしていかにして近道を探し学校にたどり着くか冒険するクラブ。
・勉強はまったくできなかった。それなりに勉強しても5点しか取れなく、いつもオール1。
彩織との出会いは幼稚園、そして小学生の掃除の時間。深瀬が掃除をサボると先生にチクっていた彩織。「なんだよこいつ、クソ生意気なガキめ」と思っていた。深瀬が真面目に掃除をしていると彩織はピアノを弾いていて先生が「藤崎さんは京都のコンクールに出るから」と言い、そのことを深瀬は「そんなの俺にまったく関係ないだろ」
・好きな子は幼稚園の頃からいて、恋愛に対してマセていた。あやまんJAPANのファンタジスタさくらだと小学生の頃同級生で、さくらだが超マセガキで学校一の派手な女の子だった。深瀬はさくらだと同じグループだっため非常にモテた。好きだと思ったら「好きだ」と言い、髪の毛を切ってきたら「可愛いね」と素直に言っていた。小学生にしてチャラ男。 小学4年生の頃に初めてラブレターを貰い嬉しくて、みんなの前で読んだらその子に泣かれてしまった。深瀬曰く当時は何がいけなかったのかわからなかった。
・深瀬曰く「イケメングループはクールで近寄りがたいイメージがあるから、気軽に話しかける俺がモテた。」
中学になるとヤンキーになり、金髪になる。ヤンキーというよりひたすらルールや規則を守らなかった。何かを盗んだり、壊したり、ふざけたりするヤンキーとは違い、そういう先輩ヤンキーからボコボコにされたことがある。
・ヤンキーグループにも入れず、孤立してしまう。学校に行っても誰も口を聞いてくれない状態になる。そこで話しかけてくれたのがナカジンだった。しかしナカジンは深瀬が孤立していることを知らなかった。

小学生時代の深瀬、彩織、ナカジン、あやまんJAPANのファンタジスタさくらだ。

SEKAI NO OWARI

 

小学生時代の深瀬とファンタジスタさくらだ。

SEKAI NO OWARI


深瀬の中学生時代。

SEKAI NO OWARI

深瀬が内履きに「ゆず」のマークを書いていて、それを見たナカジンが「ゆずが好きなの?」と話しかける。音楽の先生がギターを休み時間に弾いていたことがあり、ナカジンが「あれより俺は上手いよ」と深瀬に言い、そこから仲良くなっていった。ナカジンが毎朝深瀬の家まで迎えに来て学校に行っていた。
・深瀬曰く「中学のときは何も楽しくなかった。」中学3年のときには登校拒否になる。なんで学校に行かなきゃいけないのかわからなくなり、学校に行かなくなる。とにかく理由がわからないことには何もできない、なんで髪を染めちゃいけないのか明確な答えがないとダメだったという。
・これに対して親は反対しなかった。深瀬が中学2年のときに「生きがいを見つける」という目標を書いたことが親の心を打ち、自由にやらせてあげたという。
・中学3年のときに彩織と仲良くなる。深瀬と彩織とはひたすら語り合っていた。「どうしてスカートが短くちゃいけないのか」「どうして勉強していかなきゃいけないのか」「悪と正義」「死刑について」ひたすら思春期の頃、高校までは2人で話していたという。

深瀬と彩織 小学生時代。

SEKAI NO OWARI

・深瀬はLOVEと同じ高校に。ナカジンは優秀な高校。彩織は芸術系の高校に進む。
・高校に進んだ深瀬だったが、すぐに辞めてしまう。その後日本のアメリカンスクールに進むことになる。そのアメリカンスクールが学校法人ではなく、無法地帯だったためここでもひたすら反抗心を燃やしていた。「Fuck the XXX」というそのスクールの校長の名前が入ったパーカーを着たり、友達が退学処分になったり。反抗心の裏にはとにかく人に認められたかったいう心情があったという。
・1年アメリカンスクールに通った深瀬はその後、アメリカへ行くことになる。しかしアメリカに行く理由がわからなかった深瀬はわずか2週間で倒れてしまう。彩織とナカジンには「俺は苦しい、帰りたい」とメールを送っていた。酸欠で倒れた深瀬は救急車で運ばれる。倒れたことについて「クスリやったんだろ?」「お前はもうここじゃやっていけない」と言われ、日本に敗北感を味わったまま帰国。
・帰国した深瀬は周りから明らかに様子がおかしいと言われるようになり、病院に隔離されることになる。
・監視カメラや檻がある精神病棟に入れられ、一切ひもを吊るす場所がないような(自殺できない)部屋に閉じ込められる。
・そこで自分の病気が発覚する。深瀬はADHD(注意欠陥/多動性障害)という発達障害を患っていた。この病気が原因で、人と同じくらい勉強をしてもいつもオール1だったということも判明した。
・深瀬には薬漬けの日々が始まり、体重も45キロまで落ち身体がボロボロになっていく。
・しかし病院でも深瀬が周りを惹きつける人柄は発揮され、同じ境遇の患者達と仲良くなっていた。
・病院に入る前と、退院した後で深瀬の性格が変わる。入る前は天然のおバカキャラだったが、退院した後はクリエイティブな考え方ができる人になっていた。
・病院は退院するが、その後2年間は薬を飲み続けることになる。強い薬であったため、何も食べれない立てないで自分の部屋を真っ暗にし、部屋から出れなくなってしまう。親とも喧嘩をするようになる。
・まだ繋がりのあった彩織とも喧嘩をするようになる。ある日、彩織と電話をしたときにまた喧嘩をしてしまい電話を投げつける。その夕方、「俺なんでこんな人のせいばっかりにして生きてるんだろう」「全部俺の責任なんだ」「つまり俺次第で全てのことは俺でどうにかできる」と思い、まず薬をやめることを決意する。
・薬をやめさせてくれる病院を探し、その病院に通う。その病院で知り合った人の話を元に、医者になろうと決意する。
・当時、塾の講師をしていたナカジンを呼び出し数学を教えてもらう。しかしまったく勉強をしてこなかった深瀬にとってスタートラインが分数の足し算からだった。これやってたら30歳になるなぁと深瀬は思いながらも勉強を続ける。自分で薬を断ち切ろうとし、医者になろうと決意し、ようやく前に歩き出そうとしたFukaseだったが・・・
・あるときそれまで勉強していたことをすべて忘れてしまう。通っていた予備校がどこにあったのかすらも忘れ、自分がどこにいるのかもわからなくなる。自分のノートを開いてみても自分の字ではないような感覚に陥り、記憶がなくなってしまう。
・高校を辞め、アメリカからも敗北して帰国し、病院にも隔離され、決意して医者になろうとしたにも関わらず勉強した記憶を失くし、アメリカンスクールや予備校にも行かせてくれた両親にも迷惑をかけ、すべてに絶望した深瀬。そこから1年間は前へ進めなくなってしまう。
・しかし深瀬は諦めなかった。ここでまた諦めるのか?そう思い、最後に賭けてみようと「音楽」を始める。自分の世界が終わってしまったかのようなところから始める。世界の終わりから始まる。こうして「世界の終わり」が誕生する。
ゼロから始まった「世界の終わり」。深瀬にとってこのバンド名は希望であり、もう引き返すことのできない絶対的な存在となる。
・ここから深瀬は自分の病気のことも「人より劣っていることは長所だ」「脳のどこかが発達していないんなら、他に発達してる場所がある!」「いかに辛いことや不幸なことをポジティブに変換するか」と考え方を変え、音楽を本気でやっていく。

SEKAI NO OWARI

・この時深瀬は20歳である。音楽を始めたのが20歳。これは他のバンドマンに比べたら遅く、いろんな人に遅いと言われたという。しかし絶対に負けないことがひとつだけあり、それは「俺にはこれしかない、君たちは大学行って就職とかもできるでしょ?俺これしかないんだから」という自分に残されたものはもう音楽しかないという死ぬ気の覚悟でやっていたこと。それだけは他のバンドマンには負けない自信があったという。
・ナカジンと2人で始めた世界の終わり。深瀬は音楽に対する何の経験もなかったため、コードをつけることも楽譜を読むこともできなかったが、覚悟だけはあり自分たちでライブハウス「club EARTH」を工業団地の一角に作り始める。彩織、DJ LOVE、いろんな人達が集まり始める。これが現セカオワハウスの前身。
・絶対にリベンジしてやるという気持ちで突っ走り、徐々に「世界の終わり」の名は広がり始める。
・深瀬はメジャーデビュー前にこんなことを言っている「そもそも僕が『音楽をやりたくて』『バンドを集めたくて』っていう人間じゃなくて、とにかく『仲間でできることをやっていきたいなぁ』って思ってたんで。ライブハウスを作ったのもそういうところがあって。『なにか目標に向かって仲間と一緒にやっていきたい』」「その時々をすごく楽しみたいというか、過程をすごい楽しみたいというか。」「孤独だった期間が長いんで」「表現することによってみんなに友達になって欲しい、音楽は自分を表現するエゴみたいなものではなく、コミュニケーションなんだとすごく思っていて」「仲間と一緒にできるから、俺は音楽がやりたい」

世間のイメージと本当のFukase

世間のイメージと本来の自分のギャップがあるというFukase。いろんな情報から世間では「繊細で儚い」「孤独感がある」「か弱そう」などのイメージが付いてしまっているが、本来のFukaseはまったくの逆で、ヤンチャで明るく、時にチャラい。しかし先に根付いてしまった世間のイメージが強すぎて、本来の自分が中々わかってもらえないという。

きゃりーぱみゅぱみゅとFukaseについて

・2013年頃から2人の目撃情報、盗撮した写真などがネット上に上げられ話題となる。
・深瀬がTwitterにて2年以上付き合っていることを告白(2014年)。
・楽曲「炎と森のカーニバル」の歌詞はきゃりーに向けて書いた曲だと深瀬自身がTwitterにて告白。
・深瀬、彩織、きゃりーのTwitterにてセカオワハウスで一緒に過ごしている様子などが度々上げられる。
・深瀬はきゃりーのことを「マルちゃん」と呼んでいるとTwitterにて告白。
・2人のTwitterに一緒に温泉旅行に行ったことや、食事に行ったことなどが包み隠さず上げられるようになる。
・2人のTwitter、Instagramにはツーショット写真などが掲載され、話題に。
・2015年8月7日、Fukaseが自身のTwitterに数字が描かれた暗号画像を投稿。それをファンが解読したところ「We broke up(私たちは別れた)」と読めることが判明。

・きゃりーは自身のインスタグラムからFukaseの写真を削除。
・2人が別れたことは瞬く間に拡散され、様々なメディアで取り上げられた。
・別れた時期は2015年6,7月頃だと予測され、7月に行われたセカオワの日産スタジアムライブの時にはすでに別れていたと思われる。が、きゃりーは日産スタジアムライブに訪れている。

益若つばさとFukaseについて

・2015年秋にFukaseと益若つばさが日光・江戸村に遊びに来ていたことがTwitterで拡散される。
・2015年12月にFRIDAYにて熱愛が報道される。
・Fukaseと益若つばさは同じ生年月日で同じ血液型。1985年10月13日生まれのB型。

セカオワハウスについて

・セカオワメンバーは約4年間住んでいる。
深瀬が好きなインテリアを揃えたリビングが話題となる。しゃべくり007や雑誌などでもセカオワハウスの様子が紹介された。ここにある同じソファーをYoutuberのヒカキンが購入している。
・地下はスタジオとなっており、音楽制作が行える環境になっている。
・お風呂はひとつであり、朝に入る人が多くとても慌ただしい。
・セカオワメンバー4人の他に、デザイナーなどが住んでいる。
・今ではきゃりーぱみゅぱみゅを含め、様々な有名人が訪れる。Saoriの誕生日には100人以上が訪れた。
・ヒカキンやAAAメンバー、神聖かまってっちゃんの子、小鳥遊しほなど。
・2014年頃から英語を身につけるために外国人のホームステイを受け入れている。イギリス人やアメリカ人が多く滞在した。
・元々は昔、三宅裕司が住んでいた豪邸である。
・セカオワが話題になるにつれて、マスコミが常に張り込んでいるよう。
・ここから深瀬は自転車で神奈川県・川崎にある「夜光」と呼ばれている工業地帯に行くことが多い。

セカオワハウス リビング

SEKAI NO OWARI

 

セカオワハウスにホームステイしていたリッチーとセカオワメンバー。

SEKAI NO OWARI

 

彩織の誕生日パーティーの際のセカオワハウスの冷蔵庫内。

SEKAI NO OWARI

 

深瀬がよく自転車で訪れる神奈川県・川崎の工業地帯。通称「夜光」

SEKAI NO OWARI

 

 

SEKAI NO OWARI

Saori(藤崎彩織)

・SEKAI NO OWARIのピアノ担当、作詞作曲も手がける。ライブでは総合演出を務めるバンドの紅一点。
・1986年8月13日生まれ(ペルセウス座流星群が見れる日)A型の大阪生まれの東京育ち。
・父親、母親、弟が2人いる。姉想いの弟であり、2人で彩織のことを迎えに来てくれたりする。中学で彩織がヤンキーになり家出したときも、弟がチャリで本気で捜索した。
・家庭内では愛されて育ってきたこともあり、自分が人よりもわがままだということを大人になるまで気付かなかった。スタッフ内では「姫」と呼ばれることも。
・藤崎家はスポーツ一家であり、クリエイティブな仕事をしている娘に対して父親は信じられない様子で、ライブの演出をした際には涙を流しながら「すごいね」と言ってくれたという。
・彩織は母親似。母親はとても面倒見がよく、家庭の事情で不良になっていた子を家族の反対を押し切り、自分の家に1年間住まわせたほど。気がつけば自分の家に誰かわからない子が来ていたという。今のセカオワハウスの原型が彩織の実家。
・彩織曰くとても家族と仲が良いわけではなく、ある程度の距離感があるから良い関係を保てている。「お父さんの苦しみは私にはわからないし、私の苦しみはお父さんや弟にはわからない。たまに会って、昔話をして助け合っていく血のつながりっていいなって。そういうドライに思ってる部分もある。」
被害妄想に苦しめられることが幼い頃からある。幼稚園の頃、キラキラの折紙を自分で持っていったら、隣の子が共同のものだと思い使われたことに対してすごく泣いたという。自分のものを取られたと思い込みショックに陥った。そういった被害妄想が未だにあるという、
・深瀬に初めて「お前それ被害妄想だぞ」と言われるまで自分では気付かなかった。
度々今でも苦しめられ、今の成功、演出で褒められることも本当に自分ひとりでできたことだろうか?本当に自分の成功なのだろうか?と素直に喜べないという。
・いつもFukaseとNakajinという壁があった。自分が頑張れば頑張るほど2人がどれだけすごいかがわかる。
・小学校1年、2年頃からずっといじめられていた。
・なんで嫌われているのか自分ではわからなかった。体育の授業でペアがいない、靴に画鋲を入れられる、ランドセルに「死ね」と書かれる。など悲しい過去がたくさんあるという。
・いじめられていたことは絶対に家族や周りには見せなかったという。それはプライドがあったから。
・深瀬に「おまえ、それはいじめられるよ」と言われるまで自分に原因がある、いじめられてる方に原因があるとは微塵も思わなかったという。
・5歳からピアノを始める。近所の子のピアノの発表会を見に行き、「とにかくステージに立ちたい!」と思い、やりたいと母親に言ったが「どうせ続かないからダメ」と言われた。しかし彩織は諦めずに毎日母親に「ピアノを習いたいです」と手紙を書き続けたという。
・子どもの頃からとにかく強気で負けず嫌い。
・ピアノだけはやり続けていた。いじめられても何を言われても平気だったのは「私はピアノが弾ける」と思えたから。
・中学になるとヤンキーになり荒れる。とにかく友達が作りたく、どうやったら早く友達が作れるのかと考えヤンキーグループに入れば仲間が増えると考えたためヤンキーになった。
・ヤンキーグループに入ったが、女の子とは仲良くできなかった。中高生の女子特有の誰と誰が遊んでいた、一緒にトイレに行く、自分は誘われなかった、そういうものがとにかく嫌でバカらしかったため、いつも男の子と遊んでいたという。男の子のグループに彩織が1人というパターンが多かったらしく、これはSEKAI NO OWARIにも繋がる。

中学時代の彩織。

彩織 SEKAI NO OWARI

・中学でFukaseと仲良くなることになるが、これが彩織にとって人生で1回しかないような衝撃的な出会いだったという。自分の思っていた世界は違っていたと思うような衝撃、Saori曰く「会った瞬間にこの人とはずっと一緒にいると思った。あれは忘れられない」「自分の人生で1回しかない経験。なんか地割れがドドドドドドって起きる感じ」「今日から世界が変わるって本気で思った。Fukaseに会って、話をして」
Fukaseに出会って、Saoriの価値観が変わる。それまで「なんでわかってくれないの?」という気持ち、「なんで私だけ?」という気持ちをすべて、相手のせいにしていた。そのせいで友だちが中学までまったくできずにいじめられていた。そのことをFukaseに告げたとき、Fukaseは何の躊躇なく「お前、それじゃ友だちできないよ」と言われ、そんなことを直球で言ってくれる人が今までいなかったため、「私のせいだったんだ」ということに初めて気づき、Saoriは自分を客観視できるようになったという。Fukaseは今まで誰も言ってくれないようなことをSaoriに言ってくれた。
・中二のときに家出をする。親が言うこと、学校が言うことに対して反抗した。なぜ自分のことをわかってくれないのか、自分が家出することでわからせようとした。
・Saoriは高校に行くと落ち着いて、ピアノ漬けの日々を過ごしていく。5歳からピアノだけは弾き続けていたSaoriは「夢は?」と言われると必ず「ピアノの先生、ピアニスト」と書いていたという。それ以外の夢を書いたことはない。
・高校は音楽科、美術科だけの芸術に特化した高校に進む。自分よりピアノが上手い人に初めて出会い、驚いたという。

彩織 高校の卒業アルバム。

SEKAI NO OWARI


・Fukaseとは違う高校に入ったが、連絡は取り合いFukaseがSaoriの高校まで遊びに来ていた。
・この頃のSaoriはもう友達を作ることに執着しなくなり、ひたすらFukaseと話をしていた。哲学の話、原理の話。ピアノを弾いているか、Fukaseと話をしているかの日々を過ごしていた。
・深夜3時、朝の4時や5時に深瀬から電話がかかってきては「死刑論について、Saoriちゃんはどう思う?」などと話してきたという。それをメモにとっていたSaori。今でもそのメモを持っている。
・Fukaseと1番長い間深く関係したSaoriは、Fukaseが自分だけとの関係ではなく、どんどん周りを巻き込みSEKAI NO OWARIのボーカルとして周りを巻き込んでいくことに寂しいと思い、痛みがあったという。しかしそれに耐えられる自分がいないと壊れてしまう。すごく強くならないとこれはきっと耐えられない痛みだなと気づいたという。

SEKAI NO OWARI

・音楽の大学に進み、教員免許を取得している。本当に入りたい大学には不合格になってしまい、違う大学に行ったため、自分の中に溜まっていたものがあった。それを発散するかのように、ライブハウス「club EARTH」をFukase達と作ることに没頭し始める。Fukase含め、男グループの中に女が1人という状況。 このときまだバンドメンバ―でもなかったが、Fukase達の仲間になりたい、Fukase達が楽しそうにしてるから私も仲間に入りたいという理由で、club EARTHのためにお金を出したり、建築作業をしてグループに参加し始める。
・「世界の終わり」に加入してからはFukaseとのケンカが絶えなかった。特にFukaseはSaoriに対して直球でものを言うことがあるため、時には胸に突き刺さるような言葉を放っていた。「才能ねえだろ!」「大したことやってねえのに、生意気なこと言ってんじゃねえ!」など。FukaseはSaoriの作詞の才能を最初から認めていたが、その作詞能力をSaoriが中々引き出せなかったため、Fukaseはそのたびに醜い言葉をSaoriに投げかける。そのたびに「私なんか…」という気持ちが溢れ卑屈になっていったというSaori。それがピークに達したのが1番大きいケンカをしたとき。
・1番大きいケンカは楽曲「RPG」の時期。バンドを辞めるというところまで追い込まれたSaoriは京都に1人で旅立つ。それを追いかけに行ったのがFukase。この時Saoriが書いた歌詞が「RPG」のサビ部分。
・最近は女の子のファンが多くなっているが、初期の頃は女の子ファンの拒否反応がすごいことに驚いたという。「とにかくウザい、気持ち悪い、メンヘラ」と言われていたことに対して。メンバー愛を語りすぎることが気持ち悪いと思われていたことにショックを受けつつ、最近では自分の性格が伝わり女の子ファンが増えてきたことが嬉しく思っている。
・とにかく承認欲求が強い。「誰かに認めてもらいたい」「私を認めてもらいたい」という欲求。それが満たされる方法なら例えば音楽じゃなくてもいいという。
・不眠症を患っていたことがあり、薬を飲んでいた。
・2013年のライブ「炎と森のカーニバル」よりライブ演出家としての才能を発揮する。それまで自分はバンドに必要なのか?と卑屈になっていたが、演出家として認められるようになっていく。
・2015年に日産スタジアムで行われた単独ライブ「Twilight City」では1000人以上のスタッフの責任者として演出を手掛けた。このときのスタッフはほとんどが20代、30代前半で、みんな日産スタジアムを手掛けるのが初めてだった。
・弟が2人、友達もいなくいつも男グループと遊んでいた彩織は「女」というものを自分で出すことはなかった。なかったというよりも女の子らしさは自分で押し殺した。デビューするまでスカートを履いたことがない、男のためにメイクをするのもわからないくらいだったという。ライブでスカートを初めてはいたときはメンバーから「Saoriちゃん、オカマみたい」と言われた。 1週間お風呂に入らずに大学に行くこともあった、流しに頭を突っ込んで髪を洗ったり、トイレからバケツにお湯を入れ、そのまま裸になりバケツをかぶっていたこともあった。club EARTH時代はそれくらいハードな生活をしていた。
・今では女の子らしくなり、親友の最上もがと女の子らしい服を着たり。

Saoriと最上もが(でんぱ組.inc)2013年

SEKAI NO OWARI

 

Saoriと最上もが(でんぱ組.inc)2014年

SEKAI NO OWARI

 

Saoriの結婚

・2017年1月、かねてより熱愛報道のあった俳優の池田大との婚約を発表した。2017年まで約5年間の付き合いがあったという。


・Saoriが結婚したことによりセカオワハウスでの生活が変わる。Saoriは結婚生活と平行してセカオワハウスへ行き来するという。

Saori 小説家デビュー

 

2017年秋、かねてより書き記していた作品「ふたご」が小説化!セカオワSaoriの処女作である。この先もどんな作品を書いてくれるのか乞うご期待!

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Nakajin(中島真一)

・SEKAI NO OWARIの現在のリーダーである。作詞作曲、サウンドプロデュースを始め、セカオワの楽曲のアレンジを務めている。音楽面に置いて絶対的な存在である。
・1985年10月22日生まれ。深瀬と同じく東京都大田区生まれ。
・父親、母親、姉が1人。父親は仕事熱心な人で寡黙な人。母親からは甘やかされていた、逆に姉には厳しくしていた。子どもの頃は東北一周旅行や、夏はダイビングや冬はスキーに行ったりと裕福な家庭で育つ。
・両親曰く「反抗期がなかった」
・小学生の頃先生に怒られた記憶は1回だけ。
・小学生から少年野球チームに入り、中学でも3年間野球部を続ける。
・レギュラーにはなれなかったが、なぜなれないのか考え毎日筋トレや素振りをしたりしていた。
・勉強は子どもの頃から得意で、誰よりも早く答えてやろうとしていた。算数・数学が得意。
・しかし自分よりも上はいて、1番というわけではなかった。
・100点を取っても親に褒められたことはない。「次も頑張りなさい」と言われていて、未だにオリコン1位を取ったにも関わらず言われるという。
・学校の委員会では書記をやるタイプ。周りのサブをするのが得意。これはSEKAI NO OWARIのメンバーになった今でも同じ。
・初恋は中学2年の頃。好きな人がいたが、自分の心に秘めたまま卒業した。その人は自分より勉強ができた優等生。運動もでき皆と仲良く男子ともよく話すマドンナ的存在。最近でも会ったりするという。
・Nakajin曰く「勝ち目のない告白はしたくなかった。最後には自分が勝つと思った。自分の気持ちを伝えることが恥ずかしくてしょうがなかった。何か周りから言われたりするのが嫌だった」「今の俺が当時の自分を見たら告白くらいしとけって思います」「保守的なのかもしれない」
・それは音楽制作のスタイルにも表れていて、入念に音源のチェックを細かいところまでする。
・Fukaseは小1から知っていて、小学3年4年のときは同じクラス。
・Nakajin曰くFukaseは廊下でケンカしている人ベスト3に入る。
・小学生の頃は仲良くなることはなく、中学になってからゆず繋がりで仲良くなった。
・中学の頃のFukaseは髪が金髪だったり赤だったりとNakajinとは真逆。
・Nakajin曰く当時のFukaseに対して「不真面目さの中に真面目さを感じた。何かに疑問を持つことだったり、自分で答えを探そうとしたり。何か本質的には真面目なんじゃないかと。反抗してるっていうよりは、自分で自分の答えを見つけようとしていた」
・NakajinによるFukaseエピソード。①運動会のスローガンを決めるときに「仁義」という言葉をFukaseが挙げ、先生から反対されていたこと。②ちょっと勉強のできる、数学のテストの点数が90点代の奴が「俺なんて90点だったよ、ひどいだろ」とFukaseに見せつけ、Fukaseがキレて味噌汁をそいつにぶちまけた。
・Fukaseとは一緒に図書館で勉強しに行くことも。

学生時代のFukaseとNakajin

SEKAI NO OWARI

・高校はNakajinは進学校に入る。勉強は自分にとって武器であり、大学に行くのも当然だと思っていた。
・高校1年の頃に文化祭でバンドを組んだことがある。Nakajinはキーボードを担当。
・中学の頃からゆずをコピーしたり、高校になるとメロコアやパンクも聴き始める。
・高校ではバレー部に所属。ここでも真面目に3年間続ける。
・高校2年のときに彼女ができる。バレー部のマネージャー。修学旅行や調理実習など一緒になることが多くなり、仲良くなり「いける!」と思い告白したという。
・その子とは自分の感情をぶつけあったりと彼女だけには自分をさらけだしていた大恋愛だった。「なんでわかりあえないんだろう?」と泣いたり、ケンカを繰り返して高校以降も含めて3年間付き合った。別れた理由はバンドと私どっちが大事なの?という理由から。バンドの大切さが彼女に伝わらなかった。
・セカオワのリーダーになってからは感情をますます表に出すことはなくなった。感情で物事を決めたりはしない。FukaseやSaoriは感情的な部分もあり友達を作るのも上手い、LOVEも多趣味なことから友達が増えている。そういうところに寂しさも感じている。セカオワハウスでメンバーと他の誰かと飲むときもお酒が美味しくないと感じるときがあるという。
・自分がどれだけ音楽の細かいところを追求し制作していようが、結局は人柄なのか?SEKAI NO OWARIは大物プロデューサーがついていて、動かされていると思われるのが癇に障ると感じ、Twitterで音楽制作についてツイートし続けている。
・Nakajinは常にSEKAI NO OWARIのサウンドへの拘りを追求している。
・高校から大学に進んだNakajinは研究者になりたいと思い始める。しかしバンドもやっていたため、両方やろうとしていた。
・しかし大学院に進むかどうか決めるときにバンド1本でやっていくと決断する。そのときFukaseに相談したが「そんなことは自分で決めたら」「一緒にバンドやろうぜって俺は思ってるけどね」と言われた。
・大学を辞めてからは音楽に対するバンドに対する覚悟が変わる。
・ライブハウス「club EARTH」を自分達で作るが、初期費用70万をすべてNakajinの子ども時代からの貯金で支払った。
・Fukaseとは逆で、自分にできること、将来やっていくことはたくさんあり、その中からどれをやるのか切り捨てていくのが大変だった。
・Nakajin曰くセカオワ楽曲の中で「すげえ!これできた」くらいの楽曲は「生物学的幻想曲」と「銀河街の悪夢」「RPG」
・「RPG」のアレンジはCHRYSANTHEMUM BRIDGE、「Dragon Night」のアレンジはニッキー・ロメロが手を加えているが、メンバー以外に楽曲を変えられることにNkajinは「つらい」「アレンジャーとしてのプライドはズタズタにされた」「でも他のエッセンスが加わることによってもっと飛躍的によくなることもあるなぁっていうのを思い知った」

 

Nakajinの作業場。(Nakajin Twitterより)

SEKAI NO OWARI Nakajin

 

・Nakajinはラーメンが大好きであり、都内のラーメンイベントや自分たちでカップラーメンを作ったことも。

SEKAI NO OWARI

・Nakajin「このバンドの可能性はメンバー4人がお互いをライバル視しているしつつ、助け合えるところ。LOVEはバラエティで活躍し始めていて羨ましいと思う。少し前の童貞の彼を知っていたら青天の霹靂」「Saoriちゃんのライブ演出に関してもチクショー!って思ってた」「マーメイドラプソディーをSaoriちゃんと書いたことに対してFukaseも同じような気持ちを持っているかもしれないし」そういうところが、他のグループにはない。
・自分自身に対して「お前は天才だよ」という可能性を否定したくない。

SEKAI NO OWARI

 

Nakajinの結婚

・2017年1月、Saoriと同時に婚約発表。昔からお付き合いをしていた一般女性との婚約を発表した。2017年まで4年間の付き合いがあったという。NakajinもSaoriと同様に新居とセカオワハウスを行き来して生活するという。

 

 

SEKAI NO OWARI

DJ LOVE

・今では彼を見れば誰もが「SEKAI NO OWARI」「セカオワ」を頭に浮かべるだろう。マスコットキャラとして今ではバラエティ番組などでもその魅力を発揮している。唯一無二の存在力
・1985年8月23日生まれ。本名は非公開。
・Fukae、Nakajinと同じく東京都大田区生まれだが、小学校中学校は別々。
・父親と母親、姉と兄が1人ずつ。姉とは11歳、兄とは8歳離れている末っ子。
・父親は町工場で働いている。父親は最近やっと安心してライブを見れるようになった。LOVEは最初の頃は自分がバンドをやっていることは言っていなかった。父親に報告したのはファーストツアーの時。CDもリリースしていた。自分がマスクをかぶっていることに対してはちゃんと説明したという。
・保育園の時が1番モテた。毎年バレンタインデーにチョコを貰っていた。
・小学生の頃から身体は大きかった。
・友達とも自分自身でもゲームばかりしていた。小学生、中学生頃からオタク趣味が加速する。中学でバスケ部に入るが、半年で辞めて特定との友達とゲーム漬けの日々を送る。女の子とは無縁の日々。
・その時の友達とはオールナイトニッポンや音楽はパンクを聴くようになっていく。
・流行っているものは悪だという思春期特有の感覚を持ち続け、友達と流行っているお笑いを否定したり、流行っているものを敵にしていた。
・学校から帰ればラジカセの前で音楽を聴き、深夜になればラジオを聴くという生活。周りはこういうものを知らないんだという優越感に浸っていた。
・なんで皆流行りものばかりに流されるんだ、自分で良いものを探せよとメジャー=否定することが自分を形成していた。
・しかしそんな自分が楽しんでいたアンダーグラウンドな世界が周りが知りだすと「ふざけんじゃねえ!」「おまえらに何がわかる!」と虫唾が走るタイプだった。
・中学まで同級生の女子にはまったく興味がわかなかったという。わいたのはグラビアやAV。
・高校のときにスーパーでバイトをする。パンの試食の売り子の女の子に連絡先を渡したことがある。しかし適当に流される。
・どんどん暗い青春時代が続くかと思われたが、高校1年の頃にFukaseと出会う。隣りのクラスだった。ちなみ初代DJ LOVEが同じクラスにいた。
・LOVE曰く初代DJ LOVEはとにかくセカオワメンバーと揉めていたという。
・Fukaseと初めて出会った時「CD貸してくれよ」と言われたが、当時ヤンキーだったFukaseに対して「無理だわぁ。これ貸したら絶対に返って来ないやつだぁ」と思ったらしい。
・Fukaseは後に高校を辞めるが、高校を辞めたFukaseからコピーバンドをやらないかと誘われる。
・このコピーバンドのメンバーは初代DJ LOVEと同じ学校の人と組み、Fukaseの同級生バンドにお客さんを呼んでもらいライブを2回ほどやったが、Fukaseが客に喧嘩を売るために終わる。
・CDを貸すことも躊躇していたLOVEだったが、この頃からFukaseと仲良くなる。高校の頃のクリスマスにFukaseとふたりきりで過ごしたことも。
・高校を卒業後、スーパーのバイトを続ける。コピーバンドは消滅。Fukaseはアメリカンスクールへ。
・その後、Fukaseもいなくなり実家の工場を継ぐことになる。
・朝8時半に工場に入り、7時8時まで働く。
・この頃に学生からの友達ナカザワとネットラジオを始める。インスタントラジオ。LOVEは19歳から3,4年もこのネトラジをやっていた。リスナー数もそれなりにいて3千人はいたという。当時孤独だったFukaseはこのLOVEのネットラジオに救われていたという。
・SEKAI NO OWARIに誘われるまで5年間工場で働いていた。その間Fukaseからはライブハウスを作ることを連絡され、機材を運んだりライブを観に行ったりしていた。
・その頃の「世界の終わり」についてLOVEは「いつも喧嘩してる、ギスギス」してる。初代LOVEが失踪したり、メンバーとはぶつかり合い、レーベルに音源を送るも「ダメだった」こともあった。
・初代DJ LOVEが辞めることになり、Fukaseから本格的にメンバーとして誘われる。
・LOVEは当時のバンドのマネージャー的なことをやっていた子が可愛く、LOVEとも面識があり少し仲良くなっていたためにバンドメンバーとして加わったという。それプラス、刺激的で面白そうだったから。

 

初期のDJ LOVE。今とはマスクが違う。

SEKAI NO OWARI

・メジャー嫌いなLOVEがだんだんとメジャーにも良い曲はあると考え方が変わっていく。
・この頃のセカオワはバンドはかなり揺れていてFukaseとSaoriが喧嘩ばかりしていた。
・しかしLOVEにとってはようやく青春が始まっていく。20代前半。EARTHのスタッフを含めて海に行ったり、キャンプをしたり。そしてついに24歳にして彼女を作り童貞を喪失する。彼女はSaoriの友達で2個下。童貞に興味があったらしく相手をしてくれた、しかし彼女に別の彼氏ができてしまう。
・LOVE曰く工場を辞めて2年後には2万人の前でライブをすることになるが、不思議と楽しめていた。
・LOVEの夢としては「自分単品でテレビとかに出てる状況になったらおもしろいと思いますね。普通に朝の情報番組でコメンテーターとかやっていたら『おかしいだろう』って思うし、その『おかしいだろ』っていう感覚が普通になっていったら、おもしろいなぁと」

SEKAI NO OWARI



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Nakajin Twitter
DJ LOVE Twitter
SEKAI NO OWARI 公式

SEKAI NO OWARIアルバム「Tree」(初回限定盤CD+DVD)

SEKAI NO OWARI―世界の終わり

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SEKAI NO OWARI - Dragon Night

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