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小室哲哉の不倫を擁護してるのは男、批判してるのは女

2018年01月20日
小室哲哉の不倫を擁護してるのは男、批判してるのは女

赤の他人の不倫事情

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他人の不倫がここまで批判される世の中になったのはなぜだろうか。不倫は犯罪なのか、1人の人間の人生を終わらすほどの行為なのか?

確かに不倫は悪いことであり、裏切り行為であり、あってはならないことであることは間違いない。でも、その他人の不倫をみんなで一斉に叩く、それは良いんだろうか?結局は他人の不幸は蜜の味という人間心理を突いた、人間の欲求を突いた面白おかしいゴシップ。つまり文春ってクズですね。

他人の欲を掻き立てることは金になる。だけどそれがゲスなほうの欲だとしたら全くもって誰が一体得をするのか?窮屈な社会になり、得しているのは文春のみ。

不倫を批判するということ、それは正義感から来るものだろうか?確かに中にはそういったまともな倫理観で批判している人もいるだろう。でも、中には、その芸能人の不倫を「面白い」と心のどこかで感じてしまってはいないか?だとしたらそれは批判じゃない、ただの悪口。
今こそベッキー言ってやれよ「センテンススプリング」。
もしかしたら一番笑っているのはゲスの川谷とベッキーかもしれない。

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小室哲哉という存在

小室哲哉は時代に選ばれた存在だ。時代の寵児、一世を風靡した存在だ。90年代音楽業界といえば、小室哲哉。小室ファミリーの名は挙げないわけにはいかない。一時代を築いた人だ。教科書に載るレベルの人だ。大げさに言えば、ベートーベンとかと同じだ。日本のベートーベン。

90年代は日本の音楽業界が一番盛り上がった時代である。

音楽業界の全盛期が90年代だと答える人は多いだろう。CDがガンガン売れた、ミリオン、中にはトリプルミリオンなんてのも当たり前の時代。音楽業界が潤いに潤っていた時代である。富、名誉、地位、全ては音楽で手に入れることが出来た時代。

今からは考えられない。今なんて月収20万以下で生活してるアーティストだらけだろう。
でも、90年代は違う。小室哲哉の通帳は、桁が大きすぎてそれ以上記載できなかったとか。90年代に一番儲けた、全てを手に入れた男が天才プロデューサー小室哲哉。

ZARD、B’z、ドリカム、スピッツ、ミスチル、サザン、X JAPAN、GLAY、ラルク、安室奈美恵、浜崎あゆみ、椎名林檎、そして宇多田ヒカル、言い出せばキリがない。もっともっといる。日本の音楽を作ってきたのは90年代に輝いていた人だと言ってもいいくらいだ。それくらいに90年代という時代に音楽というカルチャーは盛り上がっていた。

全て90年代に輝いていた。そしてその中で最も輝いていたプロデューサーが小室哲哉。そして小室ファミリー。つんくだって、小林武史だって、小室哲哉には敵わない。観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美、安室奈美恵。

日本で全てを手に入れた男、それが小室哲哉である。

 

時代を築いた人が、週刊誌の記事1本で終わる

頂点まで登りつめた人が、90年代が終わるとともにどん底まで落ちていく。

落ち着いたらこの人に全てをさらけだした自伝を書いてほしいところだ。そんな人が不倫ひとつで引退?おかしいだろ。絶対おかしいだろ。週刊誌が書いた一本の記事だけで終わっていい人なのか。いや違う。

90年代を生きた人よ、思い出せ。あのメロディー、あの曲、色んな人の心の中に残っているはずだ。風化したかもしれない、でも今こそ思い出せ。

時代を築いた人をたかが週刊誌が書いた記事1本で終わらすっていうのか?
そのおかしさに気づいたほうがいい。

確かにその道を選んだのは彼本人だけど、不倫という事実でここまで人を追い込むようにしたのは社会のほうだろう。

小室哲哉という人はたぶんとても感受性が豊かで純粋無垢な人だ。だからこそ天才的な音楽の才能により、大量の名曲を生み出すことができた。が、純粋だからこそ人にも騙されることが多く、他人の強い欲によって潰されたとも言える。他人の欲によって生かされ、他人の欲によって潰された人だ。

そして不倫で終わる…それで本当に良いのだろうか。

最後は救われてほしくないだろうか。

不倫は確かにいけないことだが、小室哲哉の場合は少し違う。妻がもうまともに大人として動けない状態にある。KEIKOのためにだけに生きろ、という思考。
確かに美しい。美談、美学。
でも、現実はそんなに美しいものじゃない。
脳が小学生まで落ちた妻を毎日見るのははっきり言って、「地獄」だ。

介護ってのは人に憎しみという感情を抱かせる。
過去にどれだけ好きでも、愛していてもだ。
それは経験していないとわからない。

好きになって愛したのは小学生の妻ではない。
一緒に音楽をやり、輝いていた時期を共にし、愛した、その時間を共有したからこそ一緒に居続けることができたんじゃないのか。

それすらも忘れた妻を愛せというほうが人間として無理な話だ。
当たり前だろう。お互いを尊重してこその夫婦だろう。一方が植物みたいになってしまったら、そこにはもう夫婦という関係性は成り立たない。
だとしても愛せ?なんておこがましい一方的なエゴだ。

他人事だから言えること。

それでも愛してくれなんて女の一方的なエゴだ。

もしも介護されてる側に、理性があるとすれば、むしろもう解放させてあげたい、あなたに幸せになってほしい、自由に生きて欲しい、と思うんじゃないだろうか。自分のために介護して、助けてくれなんて思わないんじゃないだろうか。

だったら不倫?それを不倫というのかはわからない。
精神的な安心、精神的な救いを求めたっていいだろう。
ただでさえ普通の価値観、常識、社会で生きてこなかった人。芸能界でトップまで行った人なんだから、周りにいくらでもそういう欲を持った人が寄ってくる。
そこに心身弱っている自分がいて、近づいてくる人がいる。
あなただったらどうなる。
60歳近い初老の人が、精神的安定を求めることがそんなに悪いことか?

小室哲哉を批判するということは、週刊文春を認めるということだ。他人の不幸と他人の薄汚い欲で金を毟り取っている週刊文春という存在を認めるということ。まぁそれも人間、それでいいのかもしれないが…簡単に認めるわけにもいかないんじゃないだろうか。

小室哲哉という存在の大きさ、今回の件で気づいただろう。
彼は、時代を作った人間の1人だ。ただのタレントや、芸能人とは違う。アーティストである。
それを不倫という一件で全てを終わらせていいわけがない。
でも彼は引退という二文字を選んだ。
そしてそれはもう変わることはないだろう。

こんな社会、世間になったのは誰のせいだろうか?なぜ不倫をして謝罪会見を開かなければならないのだろうか?誰に謝っているのだろうか?さらけ者にして面白おかしく感じたいだけなんじゃないだろうか?不倫なんて個人的な問題だろう。いちいち騒がなくてもいい。それでも「面白い」と感じてしまうのが人間の性。これはこの先も止まらないだろう。

もしも、彼が何かの形で戻ってきたときは、温かく迎えてあげよう。

文春じゃなく、彼に本当の春が来ることを祈る。

Finally(DVD付)(スマプラ対応) 通常盤(初回盤終了) / 安室奈美恵

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