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ミスチル桜井さんの人生を追ってたら自分がちっぽけに見えて嫌になった

2017年03月20日

ミスチル桜井さん

Mr.Children、桜井和寿 ヒストリー

誰だって一度くらいは思うだろう。自分の可能性を信じている人は誰だって一度は思うだろう。「自分は特別な人間だ」「自分は他の人とは違う」「自分には才能があるはずだ」。そういう想いを持ちながらも、人はいつかはその想いを忘れていく。社会に出て社会に埋もれていくうちに忘れていくのか、年齢とともに自分が特別じゃないといつの日か気づくのか、自分よりも天才は山ほどいたと実感したときに悟るのか。

そうやって人は自分自身を受け入れてその先の人生を歩んでいく。しかしこの世の中には特別な人間は存在する。特別だからこそ大勢を魅了することができる。なぜ彼らが特別になれたのかは運命によるものか。様々なものが繋がりを持って彼らを特別にした。

その彼らの中の一人に今回はMr.Childrenの桜井和寿を選びたい。

ミスチルのボーカリストであり、これまでのミスチルの楽曲のほぼ全てを作詞作曲してきた人である。誰もが「天才」と認めざるをえない存在である。Mr.Childrenは邦楽好きならもはや「一度は聴いておかなきゃいけない」、と思わせるような邦楽のバイブルにもなりつつある。もうはっきり言って教科書みたいなものだ。その全てを作り上げてきた、背負ってきたのが桜井和寿という人とじゃないだろうか。

ここではミスチル桜井さんの活躍を追うとともに、Mr.Childrenの歴史を少しだけ、ほんの少しだけ綴ろう。何せ今年もまたドームツアーを決行するミスチルだ。きっとまたファンが増えるだろう。

ミスチル結成まで

ミスチル結成日

ミスチル桜井がバンドを結成したのは高校生のこと。当時、軽音楽部に所属していた彼は今のメンバーである田原健一、中川敬輔と当時の桜井の彼女らしき人ともう1人のメンバーとともにバンドを作りあげた。

中学生の頃から「音楽で成り上がっていく!」という夢を持ち続けていたという桜井。中学生時代に姉に褒められたことがきっかけである。姉からギターを授かった当時の桜井君は何となく弾いてみたところ、姉に「天才じゃないの!?」と言われ彼は自分の才能を確信する。お姉様ありがとう。

そして高校生のうちからデモテープを送り続け、着実にデビューへの階段を駆け上がっていくのである。

ちなみに桜井と田原は当時付き合っていた彼女と三角関係になったことがある。女の取り合いになった彼らだったが、「女ごときの事でバンドをやめるつもりはない」と桜井は言い放つ。ここが他の人間とは違うところかもしれない。女ごときと言ったことは「若い桜井さん」だっため、許してあげてほしい。このエピソードは「Tomorrow never knows」の歌詞へと繋がっていく。

高校生の頃からデビューへの道を確信していた桜井、もちろん彼の才能をレコード会社が放っておくわけがない。すぐに見つかってしまうのである。
彼の才能だけがずば抜けていたため、他のメンバーの演奏力はまだ未熟であった。そのためか、桜井1人だけ「ソロデビュー」の話が出てしまう。しかし彼は「バンド」を選ぶ。もしここでソロになっていたらミスチルは存在していない。人生は分かれ道の連続だ。

彼は今でもミスチルメンバーに真っ先にデモテープを聴かせてから楽曲作りに励んでいるという。彼にとってミスチルのメンバーは絶対的に必要な存在であり、1人でも欠けたらミスチルはミスチルでなくなるし、桜井自身もMr.Childrenを辞めてしまうかもしれない。

後から入ったメンバーが1人だけいる。それがドラムの鈴木英哉。JENの愛称で愛されてる彼だけがミスチルメンバーに後から入ったメンバーだ。他の3人は友達付き合いから始まった関係。だからJENだけがちょっと異質なのかもしれない。それがまたミスチルに様々な風を吹かせてきた。

ミスチルがポップソングを作るわけ

Mr.Childrenというバンドも鼻っから大衆性を意識していたわけではない。ロックバンドである限り、アンチテーゼと大衆への反抗意識を持ち合わせているのが当たり前だ。ミスチルもかつてはそうであった。

しかしミスチルは変わっていく。それがまだデビュー前の時期だというのだから早熟だなぁとは思わないだろうか。

ミスチルがデビュー間近の頃だ。それが1992年、その当時流行っていた曲が森高千里の「私がおばさんになっても」。この楽曲を聴いた桜井は涙を流したという。今まで自分がカッコつけていたこと、ロックであることへの拘りがくだらないものだと感じ始める。もっとメロディーの良さ、言葉の強さ、そういうものを大事にしていくことへ意識が変わっていったという。ここでMr.Childrenの基礎が出来上がったと言ってもいい。ミスチルの良さはメロディーと歌詞の良さ、大衆性にある。

Mr.Childrenというバンド名の由来

デビューする少し前までMr.Childrenというバンドは「THE WALLS」というバンド名であった。改名したのは1988年暮れのこと。他のメンバー全員一致で「Children」という単語を入れようと決まっていた。響きが良かったこと、当時彼らが聴いていたUKバンドのアルバムにChildrenという単語が入っていたこと、世界中の飢えや貧困に苦しむ子供を写した写真家ロバート・キャパの写真集「戦争・平和・子どもたち」などから「Children」を選ぶ。しかし、歳をとってもChildrenって大丈夫か!?という意見から、前に真逆の意味の「Mr」を付けた。ちなみにこのバンド名をプロデューサーの小林武史に提示したところ「ほんとにこれでいいの!?」と言われたという。

定義付けが曖昧なため、今では「子どもから大人までに響く音楽を届ける」という意味合いになっている。

小林武史との出会いもMr.Childrenをここまで大きくした要因の一つでもある。現在では離れているが、小林武史のアレンジ力、プロデュース力なしでミスチルはここまで大きくはなれていない。
ミスチルの楽曲が彩りを見せてきたのは小林武史の力があったこそである。

そうして「Mr.Children」は誕生する。1989年1月のことだ。

ここから全ての伝説は始まっていった。

ここまで見ただけでも桜井和寿という男が選ばれた人だということがわかる。姉に天才だと言われ、バンドを組み、彼女の取り合いになるもバンドを選び、更にソロデビューの話ももちかけられるもバンドを選び、前に進んでいく。彼が持っていたものは一体何か?それは「自分を信じ続けること」だ。どんな場面に置いても彼は誰かに流されることなく、自分を信じてバンドを続けていった。それが成功者になる人の共通点でもある。

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90年代、ミスチル黄金期 ヒストリー

ミスチル 90年代

デビューから売れるまで

1992年、ファーストアルバム「Everything」にてMr.Childrenはメジャーデビュ−する。

ミスチルも最初から売れていたわけじゃない。ファースト・シングル「君がいた夏」の売上はわずか2.2万枚だ。これは当時のCD売上では下の下。オリコン順位は69位だ。

今ではバラードソングの王道となった「抱きしめたい」。この曲も当時のオリコン順位は56位。この頃のMr.Childrenといえば「The さわやか」。さわかやな青年が歌うさわやかなラブソングを書いていた。

ミスチル Kind of love

もしも君が泣きたい位に
傷つき 肩を落とす時には
誰よりも素敵な笑顔を探しに行こう
全てのことを 受け止めて行きたい
ずっと二人で

ちなみにこの「抱きしめたい」を聴いた、今では一流芸能人の看板を背負っているあのGACKT様。当時のGACKTはこの曲を聴いて「なんて良い詩を書くんだ」と嫉妬で狂ったという。

しかしこの頃のMr.Childrenはまだまだブレイクしていない。オリコントップ10入りもしていない、ネットも普及していない、Youtubeもない、そして当時の激しい音楽業界の競争の中ではCDの売上が全てであり、オリコントップ10入りやミリオンヒットが「売れる」ということであった。

様々な思惑や誘惑が渦巻き、才能あるアーティスト達が数多く生まれていった時代、バンドで売れるのは一握り、

しかし桜井は諦めない。

「絶対に100万枚売ってやる」

彼の野心という名の炎は決して消えなかった。

ミスチルも売れるのに少しは時間がかかった。しかし才能を世間は無視はしない。

この頃の桜井のソングライティングのスピードは尋常じゃない。92年から93年の間に3枚もフルアルバムをリリースしている。それだけ売れたかったのだろう。

そして4枚目のシングル「CROSS ROAD」でこのバンドはブレイクする。リリースしたのは93年の11月だ。見事、このシングルは120万枚の売上を見せミスチル初のミリオンヒットとなる。

「絶対に100万枚売ってやる」、その言葉を有言実行したのだ。カッコいいだろう?

そしてときは94年、世はまさに音楽業界全盛期。CDが最も売れていた、潤っていた時代であり、音楽業界というものがナイアガラのように激流のごとく動いていた時代でもある。歌番組もゴールデンタイムでいくつも放送され、後世に残るヒット曲が数多く生まれていった。

この時代にCDを売り飛ばし、今でも活動しているアーティスト達は今では大御所と言われている。

桜井はこの時代について後々に「200万枚、300万枚CDが売れていた時代にたまたまいただけで恵まれていた」と語る。

しかし「時代に選ばれる人」という人が特別な存在になるのである。Mr.Childrenというバンドは才能を持っていただけではなく、時代に選ばれた。

94年にリリース「innocent world」、CD総売上180万枚。
わずか5枚目のシングルである。オリコン初登場1位、94年全体のシングルCDランキング1位。第36回レコード大賞受賞。

何がすごいって?このとき、桜井和寿、わずか24歳である。

「CROSS ROAD」で100万枚を売り飛ばした頃が23歳である。

これが天才。

わずか24歳で桜井は歌う。

入り組んでる関係の中でいつも帳尻合わせるけど
君は君のままに 静かな暮らしの中で
時には風に身を任せるのもいいじゃない

24歳にしてスター街道を走ることになったミスチル桜井。
ここからのMr.Childrenの勢いはとどまることを知らない。
シングルを出せばミリオン、アルバムを出せばダブルミリオン、トリプルミリオン。
ミスチルは社会現象になっていくのである。

 

ミスチルが社会現象化、ミスチル現象

ミスチル 90年代

94年リリースした4枚目のアルバム「Atomic Heart」が340万枚を超える大ヒットを飛ばす。

300万枚もあの丸い円盤が売れるとか、この時代はどうかしてる。Youtube再生回数に代替するとしたら何回再生くらい?「Atomic Heart」は当時の邦楽アルバム売上げ歴代1位を塗り替えた。この時代は歴代売上の塗り替えが超短スパンで行われていた。

ちなみに「Innocent world」はレコード大賞を取ったわけだが、ミスチルはレコード大賞に出演することをこのとき断っている。理由はPV撮影のためだったが、レコード大賞よりもPV撮影を選ぶだろうか。

98年にリリースしたシングル「光の射す方へ」という曲でこんなことを言っている。

誰を信用して  何に奮闘して この先歩けばいい?
デキレースでもって 勝敗がついたって 拍手を送るべき ウィナーは存在しない

これはレコード大賞を皮肉った歌詞と言われている。Mr.Childrenは大衆的でありながらも、ロックバンドとしての精神性を持ちながら活動していた。

100万枚以上を売った「CROSS ROAD」や「innocent world」とそれ以前のミスチルの楽曲には違いがある。売れるまでのミスチルの曲は俯瞰的でいわば誰もが聴けるようなBGMとしての役割の強いポップソングであり、恋愛についての楽曲が多かったが、「CROSS ROAD」あたりから桜井自身の自我を、メッセージ性を歌詞の取り入れるようになる。

そしてそのメッセージ性はどんどん色濃くなっていく。

94年の終わりにリリースした「Tomorrow never knows」

ミスチル最大のヒット曲、総売上276万枚。
過去全てのアーティストが出したシングルCDランキングで歴代8位。

何がすごいって?この曲が出来上がるまでの時間、わずか30分である。

これが天才。

時代は不況が続いていたが、エンターテイメントの文化は全盛を迎えてた時代でもある。有名アーティストがPVを撮ればお金をかけて海外での撮影が当たり前。

ヘリまで使って、どっかの断崖絶壁で歌ったり、このPVは当時の時代性がよく表れている。90年代アーティストあるあるである。

撮影された場所はオーストラリアの「グレートオーシャンロード」。

ちなみに「Tomorrow never knows」は、レコード会社の人が「金になりそうだな」という発言をしたことから、曲の仮タイトルが「金のしゃちほこ」だったという。

曲をリリースするとともに桜井が描く歌詞も変化していく

ミスチルは変化が激しいバンドである。その時期によって歌っていることや、歌い方や桜井の言うことも
ちょくちょく変わる。だからこそ見ていて面白いのだ。変わらないのはMr.ChildrenがMr.Childrenであるということだけだ。

7枚目のシングル「everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-」で桜井はこんなことをぶちまける。

everybody goes  everybody fights
退屈なヒットチャートにドロップキック
everybody knows  everybody wants
明るい未来って何だっけ?

ヒットチャートの1位に君臨するアーティストが言うからこそのカッコよさがある。

激流の音楽業界、芸能界に揉まれていった桜井の書く曲は、社会風刺の効いた楽曲や、自分自身の黒い感情を吐き出すようなものが増えていく。

95年にはあのサザンオールスターズの桑田佳祐とコラボレーション。桑田佳祐&Mr.Children名義でシングル「奇跡の地球」をリリースする。

桑田佳祐は何度も何度も色んなところで桜井のことを「天才」と認めているが、それでも認めきれずにいつも皮肉まじりに桜井を語る。2006年のap bank fesではこのユニットが再結成され、「奇跡の地球」が約10年ぶりに披露されファンを魅了した。

ミスチルの勢いは止まらない。

95年、ついにミスチルは映画化する。今ではバンドのドキュメンタリー映画が増えているが、当時としては異例の映画化。

東宝系映画「【es】 Mr.Children in FILM」

この映像はDVD化されていなくVHS化しかしていない、ビデオテープでしか見ることができない。
当時25歳の桜井が語るシーンは必見だ。このビデオは貴重な映像ばかり収録されている。渋谷でのゲリラライブで「フラジャイル」を披露する映像や、ツアー後の打ち上げのシーンなど。中でも95'Tour Atomic Heartの「innocent world」が収録されているが、ベストテイクなイノセントワールド。

ミスチルのライブは本当に盛り上がる。

ドームやアリーナで何十回、何百回とパフォーマンスをしてきた彼らだからこそ成せる業だ。

夏にぴったりの曲をやります、

シー?

「恋なんていわばエゴとエゴのシーソーゲーム」

いくつも恋愛の曲を生み出してきたミスチル桜井の最大の恋愛名言。

95年の8月にリリースされ、夏の曲としても挙げられることも多い。
売上は180万枚以上。

約20年経った今もこうして歌われている。

 

ミスチルは一体いくら稼いだのだろうか。
ミスチルの全盛期のミリオンヒットをまとめるとこうだ。

Mr.Children シングルCD売上 100万枚以上

93年 CROSS ROAD 125.6万枚
94年 innocent world 193.6万枚
94年 Tomorrow never knows 276.6万枚
95年 everybody goes 124万枚
95年 【es】 157.2万枚
95年 シーソーゲーム 181.2万枚
96年 名もなき詩 230.9万枚
96年 花 153.9万枚
97年 Everything 121.7万枚
98年 終わりなき旅 107万枚

Mr.Children アルバムCD売上

92年 EVERYTHING 45万枚
92年 KIND OF LOVE 118.0万枚
93年 versus 80.2万枚
94年 Atomic Heart 343.0万枚
96年 深海 274.5万枚
96年 BOLERO 328.3万枚
98年 DISCOVERY 181.4万枚
00年 Q 89.7万枚
01年 MR.CHILDREN 1992-1995 233.7万枚
01年 MR.CHILDREN 1996-2000 177.7万枚
02年 IT'S A WONDERFULWORLD 122.8万枚
04年 シフクノオト 141.0万枚
05年 I ♥ U 113.7万枚
07年 HOME 120.1万枚
08年 SUPERMARKET FANTASY 122.7万枚
10年 SENSE 76.2万枚
12年 Mr.Children 2001-2005 105.6万枚
12年 Mr.Children 2005-2010 110.6万枚

は〜・・・。これは邦楽のバイブルにもなる。

しかもミスチルは00年以降もアルバムの売上を100万枚以上をキープし続けた。日本人はミスチルを聴いて生きてきたと言っても過言じゃない。

96年、「名もなき詩」を書いた桜井。
当時26歳の彼は「この曲を収録するまで死ねない」と言ったほど。

26歳の桜井はこう歌う。

愛はきっと奪うでも与えるでもなくて
気が付けばそこにある物
街の風に吹かれて唄いながら
妙なプライドは捨ててしまえばいい
そこからはじまるさ

今どこかで生きている誰かの背中を何度も何度も押してきた楽曲である。

 

頂点に登りつめたミスチル、何かが失われていく

ミスチル 桜井和寿

桜井はアーティストであるが、ここまで爆発的に売れ、万人を魅了するスターとなった。当時の勢いのあり荒々しくもある芸能界で彼もまた精神を病んでいく時期もあったのだろうか。それが曲に反映されていくことも多々あった。

96年にアルバム「深海」をリリースする

爆発的に売れている中、このアルバムをリリースしたことが今でもミスチルが支持されていることに繋がっているんじゃないだろうか。大衆性を意識したアルバムではない。全体を通して繋がりを持つコンセプトアルバムであり、暗く沈んだ曲が続く。

当時、桜井だけではなくメンバー達も精神的に追い込まれていた中で制作されたアルバムである。

だからこそ逆に「素晴らしい作品」でもある。

桜井やメンバー達はこの作品に対してあまり良い評価をしていないが、ミスチルの中で最も異質で素晴らしい作品じゃないだろうか。

2曲目に「シーラカンス」という曲が収録されている。

ある人は言う 君は滅びたのだと
ある人は言う 根拠もなく生きてると
とは言え君が この現代に渦巻くメガやビットの海を泳いでいたとしてもだ
それがなんだって言うのか
何の意味も 何の価値もないさ

10曲目に「マシンガンをぶっ放せ」という曲が収録されている。

やがて来る”死の存在”に目を背け過ごすけど
残念ですが僕が生きている事に意味はない
愛せよ目の前の不条理を
憎めよ都合のいい道徳を
そして僕に才能をくれ

当時の桜井の心情が伺える曲でもある。
「抱きしめたい」を歌っていたさわやかな青年はもうそこにいない。

こうして彼はスターになるとともに、何かが蝕まれていった。

「不倫」

その単語が彼に取り巻いているのを未だに見かける。最近になってアーティストの不倫が問題視されているからだろうか。

それはちょうど90年代後半のこの時期に当たる。この当時の桜井は自らの「死」すら考えていたという。

しかし時代や大衆はMr.Childrenを求めている。

96年の末からミスチル自身最大の長期間ツアーを敢行する。

「Mr.Children TOUR REGRESS OR PROGRESS 」

最終公演も含めて全58公演。
つまり58日間はライブに費やしたことになる。ほとんどの公演がアリーナやホールクラスの会場。96年の8月から開始し、97年に3月に終了。

最終公演は東京ドーム。このとき桜井和寿27歳。

忙しさのあまり、何かを見失ってしまったMr.Childrenはこの東京ドーム公演をもって活動を休止した。

売れることを夢見て、その夢が実現し、誰よりもヒットを飛ばし、人気街道を駆け走ったミスチル。大衆を魅了する特別な存在になった。

特別になった先に何があったのか?
彼らがたどり着いた先には、

「何もなかった」

という。

普通の人には到底わからない、理解できない、普通の人じゃなくとも誰にもその気持ちはわからなかっただろう。彼らは誰よりも「特別」になったとともに何かを見失った。

そして活動を1年あまり休止した。

休んだ先に彼らは何を見出したのだろうか。

誰よりも売れ音楽業界で頂点に立ったMr.Children、そのときに彼らが感じた「何もなかった」という虚無感、更にその先に出した答え、

その答えが今でも彼らが鳴らし続けている1曲、

「終わりなき旅」

息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来だけを見据えながら 放つ願い
カンナみたいにね 命を削ってさ 情熱を灯しては
また光と影を連れて 進むんだ

この曲が生まれてから、今までどれだけの人の心を救ってきたのか。きっと数え切れないほどの人の人生を変えてきた曲である。そんな誰にとっても大切な曲であり、Mr.Childrenにとっても重要な1曲である。

そしてこの時の桜井和寿、まだ28歳である。

まだ20代、これだけのことをしておいてまだ20代だ。
今一体、人生何周目なんでしょうか。え?1周目!?
語り尽くせないボリュームがある。

ここから更にMr.Childrenは全世代に愛されるようなビッグバンドに飛躍していくわけである。むしろここからが今のMr.Childrenになっていく話である。これはまだ序章に過ぎない。

もう言葉が出ない。これが選ばれし特別な存在である。
自分がちっぽけに見えるどころか、特別すぎて何も出てこない。

「天才」

間違いなく、Mr.Children 桜井和寿はそう言われる存在であり、日本の音楽史にその名を刻む。

持ち上げすぎだろうか?
いや、そう呼ばなきゃ一体誰を天才と呼ぶのか。

 

このときから約20年、Mr.Childrenは未だ完成しない

ミスチル 未完

20年も前に一度No.1になった人達が、未だに第一線で活動し続けていること、一度でも頂点に立った人がその状態を20年も維持し続けることがどれだけの偉業か。

Mr.Childrenはこの20年で国民的とも呼ぶべきバンドになった。そして今もその活動の足を止めずに前に進み続けている。ミスチルは2015年に自分たちはまだまだ完成しない、いつまでも挑戦し続ける未完成なバンドでいたいという意志から「未完」というテーマを自分達に掲げた。

メンバーの田原健一はこのときにこう言った。

「(僕らは)まだまだやりたい事は山のようにありますよ」。

さぁ行こう 常識という壁を越え
描くイメージは果てなく伸びる放物線
未来へ続く扉
相変わらず僕はノックし続ける
し続ける

その意志は今も変わっていない。ONE OK ROCKなどの若いバンド勢と対バンしていることがその証拠だろう?そして2017年、デビュー25周年を迎えるミスチルは再びドームツアーを行う。四半世紀に渡って人の心を変えてきたバンドの音、その耳と身体に焼き付けてもらいたい。

この先もMr.Childrenは音楽を鳴らし続けて、誰かの心を変えていくのだろう。

Mr.Childrenという存在、

その中心にいる桜井和寿という人がどれだけ大きく特別な存在かわかっていただけただろうか。

彼は今年、47歳になった。ホント、長生きしてほしいよね。

長くなったがとりあえず何はともあれ、
その昔、かつて一番最初に、「天才じゃないの!?」と言ってくれたお姉様、

マジで見る目ある。

Mr.Childrenのこの先に幸あれ。


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