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セカオワFukaseは歌が下手?アーティストは下手でもいいの?

2016年10月28日

セカオワFukase

SEKAI NO OWARIを音楽番組で見かける度に思う。「歌下手じゃない?・・・」。誰もが見て聴いて一度は思ったことがあるんじゃないだろうか。むしろほとんどの人は思ったことがあるに違いない。なんかカスレた声、腹から歌声が出ていない、なんて歌ってんのかわからない。セカオワが音楽番組に出る度にそんなことを感じている人や、ネットに書き込んでいる人を多数見る。確かにセカオワFukaseのボーカルは上手いとは一概に言い難い。決して上手いと言えるレベルじゃないだろう。はっきり物申せばなんでこんな歌が下手なくせに売れてるんだ?って思われても仕方ないレベルだ。

でも許されているのは彼らがアーティストだからだろうか。ファンからしたら全く気にならない程度の歌声なのかもしれない。Fukaseの虜になっているファンはFukaseが超美形のイケメンに見えているからか、歌声も天性の才能を持った超美声に聴こえているに違いない。セカオワに興味のない人からしたらどう聴いても下手なときのほうが多いのだが・・・Fukase、いつになったら歌上手くなるの?

ライブだと歌上手いパターン

なぜかライブだと上手くなるアーティストがいる。これはなぜだろうか?ライブではいつも上手いのに、テレビとかで歌うとなると見てるこっちがヒヤヒヤするよ。なんて現実的なファンも中にはいるのではないだろうか。みんながみんな盲目ファンばかりじゃない。

ライブで上手く聴こえるのは周りの環境や周りの人達がSEKAI NO OWARIというバンドを完全バックアップしているからだ。音響スタッフに感謝するしかない。SEKAI NO OWARIの音楽がいかに良くいかに美しく、いかに感動を与えられるかに全力投球しているスタッフがいるからこそ、Fukaseのボーカルも上手く聴こえるってもんだ。あとは入念な発声練習時間があるから。あとは本番前にリハが何度も行えるからか。ゲネプロがあったりするからか。何度も同じライブを重ねてきているからか。などなど。ライブは色んな要素が組み合わさって歌が上手く聴こえている。

あとはライブDVDやBlu-ray。これはいくらでも編集が効く。ライブDVDの映像、音、後から修正しまくりだ。どんなアーティストだって修正は行う。リアルタイムで生中継され放送された映像と、後からリリースされたBlu-rayの映像を見比べてみると全く違って見えるだろう。これもライブ映像やサウンドを編集してくれているプロのクリエイターさん達のおかげだ。決してライブやその後の作品はアーティストだけで作っているんじゃない。評価され、好きになってもらい、ファンになってもらうのはアーティストだが、その後ろには数え切れないトップクリエイター達がいることを忘れてはならない。だからセカオワFukaseの歌声もあんだけ立派に響くことができている。

生の音楽番組じゃこんなに上手く歌ってない。

テレビだと下手なのは何故?

テレビだと歌が下手なのはなぜだろうか。セカオワFukaseを出しているが、基本的にどんなアーティストでもライブよりもテレビの音楽番組のほうが下手に聴こえることのほうが多い。ライブとは正反対の理由だ。音楽番組はそのアーティストだけのために音響スタッフがいるわけでもない。テレビ番組のスタッフなため、アーティストの本場のライブを数多に経験してきたスタッフじゃない。発生練習やリハの時間もあまりない。アーティスト本人の力の入り方がライブとは違う。自分達だけの空間じゃないため、ライブとは違った緊張感がある。目の前に観客がいなく、カメラしかないため歌いづらい。トークをしてからいきなり歌、の場合が多いため歌うための心の準備ができていない。なんてことが挙げられるのかもしれない。

だとしても、セカオワFukaseは第一線で活躍している他のアーティストより下手だ。

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Fukaseの歌声が独特

歌が上手けりゃ売れるってもんじゃない。古今東西、今どき歌が上手い人なんていくらでもいる。だが歌が上手いだけで売れる人は少ない。アーティストと呼ばれるくらいだ。その歌声が唯一無二の、どこにもない歌声であるからこそ、人を惹き付ける何かがある。Fukaseの歌声にはそれがある。どこか良い意味で幼稚であり、子どものような、それも少年か少女か判別しにくいような中性的な歌声だ。それが彼が持っている唯一無二の歌声。

よく腹から声が出ていないと言われるが、その張りのないFukaseの歌声が逆に「アーティストとしての歌声」の魅力を引き上げている。あの歌声だからこそSEKAI NO OWARIの楽曲は他とは違う、彼らにしか成せないものとなっているのだろう。セカオワの世界観、楽曲性、ポップス性、エンターテイメント性はFukaseの歌声じゃないと成り立たない。Fukaseがもしハードロック系の歌声だとしたらセカオワはセカオワじゃない。だから逆に言えばFukaseの歌声はロックサウンドとは合わない。エレキギターをガンガン掻き鳴らしているようなロックンロールをFukaseが歌っても、それはたちまちセカオワサウンドになってしまうだろう。

ミュージシャンになりたかったわけじゃない

SEKAI NO OWARIのFukaseは元々、ミュージシャンだったり歌手だったり、音楽、バンド、をやりたくて始めた人間じゃない。彼にとって生きていくための手段が「音楽」に過ぎなかった。彼が仲間と一緒に何かを成し遂げたい、何かをやってみたい、そういう衝動を前にして「音楽」という手段がそこにはあった。それがたまたま当たった。それだけの話だ。だからFukaseはよく「俺はミュージシャンじゃない」「ミュージシャンとは合わない」なんてことを言うこともある。だからこそ歌なんて上手くないわけだし、むしろギターだって20歳頃まで弾けなかった男だ。Fukaseの歌がそこまで上手くないのは必然なんだ。

最近では増えているらしい、こういうタイプのアーティスト。若手バンドや若手アーティストで、自分を表現したい、自分の中にある何かを外に出したい、という衝動からバンドや音楽に手を出す人が増えている。「あのバンドに憧れて」「あのミュージシャンみたいになりたくて」「あのCDを聴いたときの初期衝動が忘れられなくて」、それでバンドを、ギターを始めました!なんて人もいるが、Fukaseのようなパターンも増えている。

ボイストレーニング始めたとか

そんなFukaseだが最近ボイストレーニングを本格的に始めたという。音楽をやりたくて音楽を始めたわけじゃない男がついにミュージシャンとして、歌手としての自覚を持ち始めたのだろうか。歌手としての実力不足を補うためのレッスンを始めるとは意外である。アーティストだからこれでいいというスタンスの人もいるが、Fukaseの意識はそうじゃないらしい。近いうちに「あれ、セカオワ歌上手くなったね」「こんなに歌唱力あったっけ?」なんて言われることもあるかもしれない。ただボイストレーニングを始めて昔と歌声が変わってしまうことが少し懸念されるがどうだろう。

アーティストの歌声はそのアーティストそれぞれで全く異なる。異なるからこそ魅力があり、皆第一線で活躍できる人気を得ることができるのだろう。他人と同じであればその歌声は必要とされない。Fukaseの歌声は下手かもしれないが、決して万人にはない歌声を持っている。もし歌がもっと上手くなり、「聴かせる歌」が歌えるようになればセカオワの魅力は更に格段に上がっていくんじゃないだろうか。

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